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始動 宮崎国体2026

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【第1部・2巡目へ】(1)育成

2016年2月5日
 日本体育協会は昨年7月、2026年の第81回国体について、本県の「開催申請書提出順序」を承認した。これによって本県で2度目となる国体の開催が事実上決定。県内スポーツ関係者は16年をその「活動元年」と位置付け、取り組みを本格化させている。国体に向けた選手や関係者の思い、選手育成や施設整備へ向けた課題など、本県スポーツ界を取り巻く現状と課題を探る。第1部では、国体の意義や開催によって本県にもたらされるものを紹介する。

一流選手の礎つくる

 真っすぐな目でゴールだけを見詰め、合図と同時に一気に走りだす。より速く、より遠く-。16日、県体育館(宮崎市)で行われたワールドアスリート発掘・育成プロジェクトの1次選考会。県内各地から集まった小学生たちは大勢の保護者の熱視線を浴びながら、大きな一歩を踏み出した。

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 同プロジェクトは、世界で活躍できる本県のアスリートを探し、育てようと、県体育協会と県教委が初めて開催した。対象は県内の小学4年と6年生。10年後には20歳代前半になり、アスリートとして成熟期を迎える。子どもたちは今後、各学年20人程度に絞り込まれ、認定されれば中学3年になるまで、保護者とともに心身の専門的な育成プログラムを受ける。一流選手の礎をつくる本県初の試みだ。

 反響は大きく「予想以上」(県体協)の543人が応募。高鍋西小6年、岩﨑麟太郎君(12)は「夢はプロ野球選手」と目を輝かせ、安久小4年、藤井泰士君(10)は「テニスの錦織圭選手のように、世界で戦えるプレーヤーになりたい」と声を弾ませた。県体協の佐藤勇夫会長は「真剣な表情と、ぎらぎらする目が印象的。この原石から世界に挑戦する選手が誕生すると思うと、胸がわくわくする」と興奮を隠さない。

 将来の姿を夢に描き、限界に挑む小さなアスリート。体育館に響く元気な足音は、10年後に本県で行われる国内最大級のスポーツの祭典に向けた槌音(つちおと)にも聞こえた。

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 2巡目国体まで10年というこのタイミングで、県体協が選手強化を急ぐのには理由がある。国体は、都道府県対抗という形で行われており、全国各地のトップアスリートが力と技を競い合う舞台。選手、チームが入賞すれば、順位に応じて点数が与えられ、男女の総合優勝に天皇杯、女子の総合優勝に皇后杯が授与される。1979(昭和54)年に本県で行われた第34回国体で本県選手団は男女12競技で優勝し、念願の天皇、皇后杯を手にした。県体協は2巡目となる第81回宮崎国体でも地元での2度目の栄冠を目指す。

 現在の国体は、41競技(隔年実施競技を含む)で争う。天皇、皇后杯の獲得のためには、本県選手が多種多様な競技で上位に進出し、点数を積み上げる必要がある。将来、本県の戦力の核となる県内のジュニア選手の長期的な育成は急務。県体協競技力向上対策委員会の中馬光久委員長は「原石をダイヤモンドにできるかどうか、これからが肝心」と話しており、プロジェクト出身者の成長に大きな期待がかかる。

【メ モ】
 国体 戦後復興とスポーツ普及を目的に、1946(昭和21)年に京阪神地方で第1回大会が開催。毎年持ち回りで行われ、88(同63)年から2巡目がスタート。今年は岩手県であり、九州では2020年に鹿児島、23年に佐賀県で行われる。

【写真】県内で初めて開催された「ワールドアスリート発掘・育成プロジェクト」。1次選考の30メートル走に挑む児童たち=16日、宮崎市の県体育館

【第1部・2巡目へ】(1)育成2016年1月26日付
【第1部・2巡目へ】(2)選手の思い2016年1月27日付
【第1部・2巡目へ】(3)指導者2016年1月28日付
【第1部・2巡目へ】(4)波及効果2016年1月31日付
【第1部・2巡目へ】(5)施設整備2016年2月1日付
【第1部・2巡目へ】(6)障害者スポーツ2016年2月2日付
【第1部・2巡目へ】(7)協力企業2016年2月3日付

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