40年ぶり沈黙破る
1920(大正9)年ごろから続いた高千穂町の土呂久ヒ素鉱害。大学卒業後に初めて赴任した岩戸小(同町)で問題を告発した齋藤正健(まさたけ)さん(72)=国富町木脇=は、今も教育者として子どもたちと向き合っている。被害者の苦しみや悲しみ、怒り…、そして支援者の真心や協力者への感謝の気持ちは、教師人生で最も大切な財産となった。告発後は「自分は鉱害問題に火を付けただけ」と公の発言を控えてきたが、今回、約40年ぶりに取材に応じた。「土呂久」の記憶を風化させたくないと考えたためだ。
【写真】約40年ぶりに自身が告発した土呂久鉱害について口を開いた齋藤正健さん。「記憶を風化させたくない」と願う=2日午前、国富町木脇の自宅
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知見次代へ 土呂久鉱害45年
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