1991年の陸上世界選手権男子マラソンで優勝した谷口浩美さん=東京・国立競技場
「こけちゃいました。これも運。精いっぱいやりました」
日本中が沸いた。1991年夏、東京で開かれた陸上世界選手権最終日、男子マラソンの谷口浩美さん(60)=当時旭化成、日南市南郷町出身=が金メダルを獲得した。30年近くたった現在でも、世界選手権では日本男子マラソン唯一の「金」。その輝きは色あせない。
栄光の裏に挫折もあった。27歳で迎えた87(昭和62)年冬、翌年のソウル五輪代表を懸け強い思いで臨んだ福岡国際マラソンは失速。失意の中引退も考えた。だが、宗兄弟ら支えてくれた人を喜ばせたいと、バルセロナ五輪を目指して再始動。鮮やかにその前年に世界一の称号を得て、本紙でも大きく報じられた。
「五輪でも金を」と期待が高まる中迎えたバルセロナは、22・5キロの給水地点で後続に足を踏まれ、転倒した。それでも立ち上がり猛烈に追い上げ8位入賞。「こけちゃいました」「これも運。精いっぱいやりました」と爽やかに語った姿はさらなる感動を呼んだ。
そんな柔らかな物腰からは想像できないほど、勝利に対する情熱は強かった。「成功するにはやることをやっておかないといけない」。マラソンなら100日前からの練習内容や体調、レース後の反省点などを詳細に記録。自らのあらゆる経験を“データ化”し、練習で活用した。小林高駅伝部時代の日誌も「日体大、旭化成時代にも何度も参考にした」という。
3年前から宮崎大の特別教授。記録と記憶に残る選手なだけに、マラソン大会などへの出場依頼は絶えないが「引退後ほとんど走っていないからフルは駄目。おだてたら、わーっと走るから迷惑かけちゃうよ」と笑った。
(2020年11月25日付紙面より)