緑色のコケが白い石に映える
心安らぐ交流の場に
人知れずひっそりとたたずんでいた石蔵が、新たな地で息を吹き返した。棚田が美しく、昔ながらの農村風景が残る高千穂町岩戸の五ケ村地区。天岩戸温泉館近くの木立の中にオープンした「こびるカフェ・千人の蔵」だ。石蔵は高さ約4メートルの2階建て。高さ36センチ、厚さ25センチの石がすき間なく積んである。石の長さが異なるのは、風雪や地震に耐えるための石工の知恵だろう。壁面の随所に緑や茶色のコケ。かずらが巻き、日当たりの悪い場所にあったためだが、緻密(ちみつ)に積み上げられた頑丈な石に彩りを添えている。
入り口の柱と敷石には蔵に隣接していた下家(げや)と呼ばれる増築部分の石を使用。中に入ると、石の荒い質感を照明が温かく包み込み、心安らぐひとときを過ごせる空間になっている。
ひんやりとした石の壁に手をつきながら階段を上る。現在は見ることはできないが、梁(はり)と重なる部分の石は巧みに削ってあるという。木材と石の接合は珍しく、昔ながらの工法も興味深い。
蔵に使われている石は阿蘇山の溶岩。約10万年前の火山活動の際、五ケ瀬川に沿って流れ出した溶岩流が冷えて固まったもの。加工しやすく、西臼杵地域では多くの建造物に使われたという。
日之影町岩井川草仏(そうぶつ)にあった石蔵は、約150年以上前に穀物や農具を保管するために建てられた。五ケ村村おこしグループ代表の工藤正任さん(75)は使われなくなったこの蔵を知り、村おこしのために移築を決意。五ケ村地区は畑作が主流で貯蔵するだけの収量がなく、蔵を建てられなかった経験が即決を促した。
「蔵を持つことは昔からの住民の願いじゃったし、蔵としての完成度の高さにほれたとよ」。解体・移築は同グループのメンバーや若者らを中心に四カ月をかけ行われた。
貯蔵庫から人が集う場となった石蔵。カフェ店員の坂本麻知さん(32)は「雰囲気の良さが好評ですね。まだ模索中だけど、ふらっと立ち寄れるところにしたいな」と地域の声を代弁する。
「地域や世代を超えた交流の拠点へ」。住民の思いとともに、蔵は新たな一歩を踏み出した。(写真部・西村公美)