銀箔で水を張った田んぼをイメージし、ドアにはアメンボ、アオスジアゲハ、ハグロトンボ、車体後部にはオオミズアオを中心にタガメ、タイコウチ、ゲンゴロウ、ミヤマクワガタを描き郷愁を誘う、わびさびを表現した
名車「琳派」で再生 職人の技結集し絵付け
パタパタパタ-。乾いた音を立てながら、ねずみ色の小さなオート三輪車が36年ぶりに息を吹き返した。両側のドアと車体後部には「琳派(りんぱ)」の技法を用いて描かれたさまざまな昆虫の絵。宮崎市の美術家・小松孝英さん(38)が地元の旧車愛好家らの協力を得て完成させた「旧車アート」だ。小松さんは「生態系」をテーマに琳派の技法で主にチョウをモチーフに描き、9カ国15都市で個展を開催したり、アートフェアに出品したりするなどして活躍している。
42年前の日産シルビアで堀切峠をドライブしていた3年前、宮崎旧車会会長の村田武さん(54)と出会ったことで旧車の世界に引き込まれた。今年の初め、週末に会員が集まる同市高岡町の村田さんの工場に行くと、そこにはマツダK360が。「けさぶろう」の愛称で親しまれ、1960年代に商用車として活躍したオート三輪だ。
今では見ることのなくなった「けさぶろう」と、自身が描いている絶滅危惧種の生き物とが重なった小松さん。自身が美術家として新たな展開を模索していたことに加え、千葉県の幕張メッセで開かれる旧車のモーターショーに「アートカーを出展しませんか」と打診されたこともあって「けさぶろう」に生態系をテーマにした絵を描くことにした。
当時工場にあった「けさぶろう」はエンジンはかからず、あちこちさびていた。6月上旬から板金塗装を得意とする村田さんと同会員の成松博利さん(51)を中心にボディーを仕上げた。ボディーが完成に近づいたところで、いよいよ絵付けの段階に。小松さんは「キャンバスと違い、ツルツルした鉄板に塗装で凹凸を付け、同時に車としても使用に耐え得るよう赤や黄色を減らし退色しにくい色を使うなど工夫した」と苦労を語った。下地に銀箔(ぎんぱく)を敷き詰める作業では、宮崎市のアートハウスゲルボア額縁職人の緒方志郎さん(40)の知恵も借りた。
完成した「けさぶろう」は「里山号」と名付けられた。ねずみ色の車体になじむように銀箔を使用し、水を張った田んぼをモノクロで描いた。そこに虫を配置することで郷愁を重ね「メードイン田舎」(小松さん)を表現。「決して派手ではないが、わびさびを感じさせる落ち着いた仕上がりに満足している」と小松さんは笑顔を見せた。
約2カ月をかけて7月末に完成した「里山号」は、8月4日から3日間、千葉県幕張メッセで開催されたヘリテージカー(往年の名車)が集まるオートモビルカウンシルにも出品された。アートカーでは絵をフィルムで貼り付ける手法が主流の中、「琳派」で手描きされた車は、車自体の希少性とも相まって多くの人の関心を引き寄せていた。
会員がそれぞれの特技を持ち寄り、完成した「里山号」。宮崎版下町ロケットといえるプロジェクトを追う中で、手間暇をかけ部品を磨き塗装で再生し、さらにアートとの融合させる趣味人の底力を実感した。