竹の棒で練る―。とろみを帯びた煮汁が釜の中で波を打つ

伝統の灯絶やさず 受け継がれる技と味

 サトウキビの汁を煮詰め、竹の棒でかき混ぜ練り上げる昔ながらの黒砂糖作り。日南市風田地区の風田製糖組合(平島二三夫代表)は県内で唯一、江戸時代から続く「さとねり」と呼ぶ伝統製法を守っている。濃くのある上品な甘さにファンも多い。釜に入れて出来上がるまで半日がかり。根気の要る作業だが「ふるさとの伝統の灯を消すな」と地域の熱い思いに支えられている。

 さとねりの作業はサトウキビを収穫する師走が最盛。今年は4、5の2日間、作業員15人が20アールの畑で約7トンを刈り取り、1週間後に作業に入った。いったん釜に火が入ると昼夜を通しての作業が続く。搾り汁を煮詰め、とろみが出たところを竹の棒で一気に練り込む。一連の工程に8時間以上を要する。

 「ゴポゴポッ」。煮立った瞬間が練り込むタイミング。竹棒を握る「混ぜ方」、火力を調節する「たき方」の双方があうんの呼吸で仕上げる。「音や泡の立ち方、煮汁の波打ち具合を見分けるのがこつよ」と平島代表(53)。経験と勘が頼りの名人芸だ。あめ状の黒砂糖を冷やしがめに移し、一箱一箱丁寧に流し込んで出来上がり。今年は約600キロを販売するという。

 同組合が2004年に発行した「日南特産 黒砂糖物語 さとねり」によると、黒砂糖作りは江戸時代後期、財政難に苦しむ飫肥藩が収益性の高さに目を付け、その後、県内各地に広がっていった。1890(明治23)年には作付面積700ヘクタールと、県内のサトウキビ生産は最盛期を迎えたが、数年後、台湾から安い砂糖の輸入が始まり衰退した。

 そんな中、日南地区は例外だった。昭和初期には、日南地区のサトウキビ生産量は県全体の9割を占め、市内の製糖組合は30件ほどあったという。

 60年間、刈り入れ作業に携わる黒木モトヱさん(78)は「昭和30年ごろまでは海岸線までサトウキビ畑が広がっとった。水車や牛でキビを搾った時代が懐かしい」と回想する。

 しかし、その後は高齢化や後継者不足などで、さとねり小屋は次々と消えていった。「どこもここも年寄りばかりでよ、さとねりをする人がおらんごなった」。同市風田の農業野末芳広さん(76)は寂しがる。先祖代々さとねり職人を受け継いできた平島代表は「両親の頑張っている姿が今も脳裏に焼き付いている。伝統の灯を絶やしてはいけない」。そう言って、誇りに満ちた表情を見せた。