修理品の一部。左の懐中時計は100年以上前のスイス製、現在でも時を刻む
ルーペ掛け緻密な作業
時計は時代を映す鏡だ。紀元前4千年ごろのエジプトの日時計に始まり、現代では機械式時計の全盛期を経てクオーツ時計、電波時計など日進月歩の発展を遂げてきた。無機質な正確性を求める一方、機械式腕時計も依然、人々に愛されている。時を示す針の下、大小の歯車が複雑に絡み合い時を刻む。そんな「小さな宇宙」を守り続ける時計修理職人の世界をのぞいた。工具がずらりと並び、ぴんと張り詰めた空気が漂う作業場。宮崎市橘通東3丁目、日高本店プロショップ(日高晃社長)のサービスステーションでは3人の職人が働く。リーダー格の河野正治さん(78)は16歳でこの世界に入って以来、60年を超えるベテラン。静まり返った中、キズミと呼ばれるルーペを掛けて緻密な手作業に没頭する。
評判を聞き付け今月中旬、旅行で訪れた高知市パークゴルフ協会理事の西本元さん(65)は「この時季にこれほど美しいグリーンが整備されていることに驚いた。自信を持ってお薦めできる」と絶賛する。
熊本県出身の河野さんは、時計職人最高峰の技術試験と呼ばれた日本時計師会公認高級時計師(CMW)を28歳で取得。当時、4人に1人しか合格できない狭き門だったという。大阪市にあった同会本部に勤務していたが、1968(昭和43)年、本県にオープンした時計店に就職。その後、自分の店を構えていたが、腕を見込まれ、6年前から現在の店で働いている。
簡単な電池交換やメーカー修理を除き、月平均30件ほどの修理や分解掃除を3人で担当。河野さんは作業の傍ら、寺名一八さん(29)、小妻優太さん(25)の技術指導にも当たり「じっくりと時計と語り合い、仕事を好きになる。そうすれば、どこが悪いのかおのずと分かるようになる。とことん時計にほれ込め」と精神指導にも熱が入る。
国家検定2級時計修理技能士を持つ若い2人は「手に職を持つという意味を肌で感じる。時計を知り尽くし、自分の分からないことにも即座に答えてくれる」とその仕事ぶりに一目置く。
「普段は作業を見守り、質問を受けたときのみ答える」と話す河野さん。だが、2人が苦戦しているときには気になるようだ。後ろに立ち「ちょっと貸してみ」と助言を与え手本を見せている。
「時計の本場スイスでも修理技能士の不足が問題となりつつある中、全国的にも小売店レベルでの技術者育成は珍しい。時計修理は見立てが大事、修理箇所を的確に判断できる人を育ててほしい」と時計評論家で作詞家の松山猛さん(65)は語る。
河野さんの名刺にある肩書きは「時計師」。マイスターの誇りとともに、師匠として修理技能士2人を育てる熱い思いが伝わる。