収穫してきた葉ワサビを水に漬ける石山さん。花芽と茎葉をしゃきしゃきとした状態で出荷する

清流の恵み受け山奥に青々

 日南市酒谷の山奥。杉の木立に囲まれ、清流がちょろちょろと音を立てて流れるなだらかな斜面に、青々とした葉ワサビがじゅうたんのように広がる。旬を迎えるのは3~5月中旬。収穫間際の葉ワサビが白い小さな花芽をつけて、山中を彩っている。

 約30年前から「ワサビ田」を管理している石山政徳さん(83)は「酒谷では100年以上前からワサビが自生していたはず」と語る。栽培には透明度の高いきれいな水が必要。以前は田んぼから流れる水でも栽培され、水田が広がる農村の風景に溶け込んでいたという。

 石山さんのワサビ田は、山中10カ所に点在している。「山の中だけど、管理の手間は掛からんよ」。年2、3回、日光がよく当たるように雑草を刈る。後は、「放って置いても自然に育っていく」。

 収穫時期になると、毎日のように山に通う。未舗装の林道を軽トラックで走り、途中からワサビ田まで急傾斜の獣道を歩く。「若い頃みたいにはいかんね」と言いつつも、川を越え、やぶをかき分けながら進む足取りは軽やかだ。歩き始めて約10分。到着すると、斜面に張り付くように生えた葉ワサビの花芽や30~40センチに伸びた茎葉を黙々と手でちぎって籠に入れていく。

 1990年頃、同地区では10人以上が葉ワサビを栽培していたが、今では5人に減った。石山さんのワサビ田も、高齢を理由に栽培をやめた農家から「誰も管理しないのはもったいない」と引き継いだもの。自身の後継者はいないが、「酒谷の特産品をなくしてしまわないためにも、誰かに継いでもらいたい」のが本音だ。

 本格的に春が訪れれば、山菜やシイタケも収穫、取れたての葉ワサビと一緒に道の駅「酒谷」に出荷する。「今の時期は特に忙しいけど、苦にはならんよ」。豊かな山の幸を大勢の人に食べてもらおうと、籠を背負って笑顔で山に入っていく。

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 県内の里山や漁村の風景を切り取り、併せて1次産業の抱える課題や現状を探る「ふるさと一景」は、今回で終了します。

【メモ】 道の駅「酒谷」で特に人気の葉ワサビ。山菜などと一緒に店頭に並ぶ時期は市内外から多くの人が足を運ぶ。すぐに売り切れるため、予約する客もいるという。花芽や茎葉はしょうゆ漬けやおひたしなどが人気で、ツンとしたワサビ独特の辛みとしゃきしゃきとした食感が癖になる。