宮崎市まで飛んできて地面に突き刺さったとされる神石のかけら(地上部分約2メートル)。小さなほこらの横に大切に安置されている
妻失ったイザナギの涙
鋭利な刃物で切ったのか、巨石の真っ平らな断面に神の存在を感じずにはいられない。都城市高崎町の東霧島(つまきりしま)神社にある「神石(しんせき)」は、国を産み、多くの神々を誕生させた男神イザナギと女神イザナミの夫婦愛の象徴だ。災難よけの御利益があるとされ、霊力にあやかろうと参拝客は手を合わせ祈りをささげる。火の神カグツチを出産、大やけどを負い命を落としたイザナミ。神石は、妻を恋い慕ったイザナギの悲しみの涙が固まって出来たという。イザナギは「世人が再びこのような災難に遭わないように」と十握(とつか)の剣(つるぎ)で三段に切ったと伝えられる。ほかにも「怒ったイザナギはカグツチを切った」「人々を苦しめる魔物を切り分けた」など諸説ある。
神石があるのは故有谷(ゆやたに)と呼ばれる谷間の四角い池(縦8メートル、横7メートル)。その中央に丸い巨岩を切り裂いたような二つの岩が並ぶ。大きい岩の高さは地上約150センチ。四分割された残り二つの岩は飛んでいったとされており、それを加えると外周約10メートルはあっただろう。
氏子で東霧島地区公民館長の今村勉さん(65)は「神社の森は格好の遊び場だったが、神石の周りは神聖な雰囲気が漂い騒いだりできなかった」と神石に畏敬の念を抱く。
気になるのは残りの岩の行方だ。一つは薩摩藩が記録した江戸時代後期の文献「三国名勝図会」に記述があり、今も約40キロ離れた宮崎市大島町の霧島神社に祭られ、地域住民が大切に守っている。あと一つはどこにあるのか。稲丸利弘宮司は「出雲に飛んだと伝わるが、場所は分かっていない」と話す。そんな謎が、参拝客をミステリアスな世界へ誘い込む。
【メモ】東霧島神社はイザナギノミコトが主祭神で、神石を切った十握の剣が御神宝。鬼が積み上げたとされる社殿に通じる階段は、振り向かずに願掛けしながら上ると成就するといわれる。同神社TEL0986(62)1713