手際よく原料の仕込みを行う杜氏たち。炊きたての玄米を広げて冷まし、麹を混ぜ合わせる

手間掛け深みある味わい

 ずらりと並べられた甕(かめ)が壮観な景色をつくり出す。綾町北俣の大山食品(大山憲一郎社長)では、寒さの和らぎとともに「黒酢」の生産が本格化。年季の入った大甕は春の陽光をたっぷり吸収、太陽の温もりが仕込まれた原料の発酵を促していく。

 綾北川にほど近く、日当たり良好な立地に立つ同社醸造所。敷地南側には約300個の甕が、土中に半分ほど埋まった形で整然と鎮座する。屋外の甕に仕込む製法は古式醸造と呼ばれ、1930(昭和5)年の創業当時からかたくなに受け継がれる。酸味のかどが取れたまろやかな味わいが特色だ。甕を覆うふたは本来陶器製だったが、現在では風雨に強いステンレス製に様変わり。日当たりの良さをアピールするように日中は、太陽光をギラギラと反射させ輝きを放つ。

 屋内の作業場では釜から湯気が立ち上り、炊き上がった玄米の香りが広がる。玄米を冷まし、杜氏(とうじ)が手早く麹(こうじ)と混ぜ合わせると原料が完成。屋外で仕込みを待つ甕の元に走る。甕の大きさや厚みなどを見極め水を含め約300〜500リットルを投入。数日後、発酵状態に合わせ攪拌(かくはん)する。アルコール発酵を経て、酢酸発酵が始まると甕の中に酢の香りが漂い始める。

 この日の仕込みは玄米8俵、約240キロ。甕の中で発酵させ半年以上寝かせた後、もろみごとタンクにくみ上げ、さらに半年以上熟成させる。4代目の大山社長は「手間の掛かる時代にそぐわない製法。しかし、このこだわりがあってこそ深みのあるコクと味が引き出せる」と自信を見せた。

 製造方法自体は単純なため、製品の差別化を図るには原材料も重要になる。73(同48)年には照葉樹林に源を発する綾川の湧水を求め醸造所を国富町から現在地に移設。米は南九州産の有機米を中心に使う徹底ぶりだ。大山社長は「甕の特性や気候を判断し、菌と対話する事が大切。自然の恵みに感謝し、うちにしかできない製法を守りたい」と話す。春風に吹かれ自慢の「逸品」を口に含む。綾町の風土が醸す優しい味わいが広がった。

【メモ】巨大な甕は「三石和甕(容量約540リットル)」と呼ばれ、綾町北俣に醸造所を移した44年前から使っている。当時、焼酎業者などから買い付けたもので、現在は製造されておらず入手困難という。同社の黒酢や米酢は県庁物産館や綾手づくり本物センターなどで購入できる。問い合わせは(電話)0985(77)1630。