すがすがしい秋空の下、カニ籠を引き上げる稲田さん。今月いっぱいで今年の漁期を終える
「郷土の味」守る風物詩
日南市を流れる広渡川や酒谷川で、モクズガニ漁が行われている。山深い渓流にまで生息し、本県や鹿児島県などで「山太郎ガニ」とも呼ばれるモクズガニ。県内各地で捕れるが、「かにまき汁」などが郷土の味として親しまれてきた県南地域で特に人気。秋から冬に行われるこの漁は、季節の移ろいを感じさせる風景だ。11月半ば、日南広渡川漁協の組合長を務める戸田博さん(78)=同市星倉=とともに酒谷川を訪れた。前日に仕掛けた籠は流れの近くにある膝ほどの深さのよどみに沈んでいた。戸田さんが籠を引き上げると、餌のカツオの頭に引き寄せられた深緑色のモクズガニがガサガサと元気よく動き回っている。この日の漁獲は約50匹だったが、10月中旬のピーク時には100匹を超えるという。「この時期は捕れる数も減ってくるけど、多いときは籠いっぱいで持ち上げるのも大変なくらいよ」と戸田さんは笑う。
「子どもの頃は皮を剥いだカエルを餌に釣ってたとよ」と振り返るのは同市北郷町の稲田福美さん(72)。戦後の食糧難時代には釣ったモクズガニが食卓に並ぶなど当時は欠かせない食料のひとつだったという。自宅近くの広渡川に仕掛けた籠の引き上げについて行くと、こちらの漁獲は約40匹。稲田さんはカニが逃げないように袋に移し替えると、再び空のカニ籠を川へ投げ込んだ。
広渡川水系でのモクズガニ漁は同漁協の鑑札を持つ人に限られ、籠は1人3個までと定められている。組合は毎年7月になると約350キロの稚ガニを放流するなど、川の資源保護にも取り組んでいる。戸田さんは「日南といえば山太郎ガニ。郷土の味を守っていきたい」と話す。
取材後、稲田さんが捕れたばかりのモクズガニでかにまき汁を作ってくれた。殻ごとすりつぶされたカニのうま味が凝縮され、ふんわりとした身の食感がたまらない。郷土の味を守るためにもいつまでも続いてほしい漁だと感じた。
【メモ】ハサミや脚の密集した毛が「藻くず」に見えることからモクズガニと名付けられたとされる。成体で手のひらほどの大きさになり、中国の有名な高級食材「上海ガニ」とは種類としては近い。伝統のかにまき汁はもちろんのこと、そのままゆでて食べてもおいしい。