イザナギとイザナミを祭る檍神社。神社近くにはイザナギがみそぎをしたと伝わる大淀川が流れている

置き去りのイザナミ悲哀浮かぶ

 この世とあの世を分かつ黄泉比良坂(よもつひらさか)-。

 都城市梅北町の嫁坂(よめさか)地区は、もともと「夜見(よみ)坂」と呼ばれた。古事記の話中、イザナギが黄泉(よみ)の国から逃げる際に通った「黄泉の坂」を連想させて不吉との理由で、地名に「嫁坂」の字が当てられたのだという。

 郷土史「中郷之歴史・古蹟」(山田勝男著)では夜見坂の由来について「(イザナギは)夜見の平坂に道友石を横たへふさいで逃げ…」と神話を引用して説明。さらに「夜見」とは鹿児島の異族の土地を指すとも指摘。イザナギは現世に戻った後、鹿児島の檍原に行き、みそぎをしたとしている。

 地名はいつごろから変更されたのか。元嫁坂自治公民館館長の上野貞道さん(96)は「私が幼いころ、90年前には既に嫁坂と呼ばれていたはず」と記憶をたどる。

 地区内を通る県道109号は整備以前、高低差が激しく坂を印象づける道路だった。上野さんは「昔は砂利道で、木炭車が坂を上り切れずに止まってしまうことがあった。後ろから押し上げるのを手伝った」と懐かしんだ。

 伝説では、逃げるイザナギが髪に着けていたくしを投げつけたところ、たちまちタケノコなどが生え、追っ手たちを足止めした。その名残を思わせるうっそうとした竹林が県道沿いにあった。中に入り細道を歩くと、周囲の葉のざわめきがまるで、イザナギを取り逃がした追っ手たちの恨み節のようだった。

 イザナギが黄泉に向かったのは、妻イザナミを連れ戻すため。やっと再会を果たしたが、恐ろしい姿に変わってしまったことを嘆く。

 置き去りにされた妻。嫁坂の地名に、イザナミの悲哀が重なって見えた。

【メモ】嫁坂から5キロほど南の鹿児島県末吉町にある檍神社はイザナギ、イザナミを祭る。妊婦が境内にある小戸池の水を飲むと安産だと言い伝えられる。