石垣には大小さまざまな形の石が使われている

400年威厳放ち続ける


 緩やかな曲線を描き、空に向かってそびえ立つ石垣。石はこけむし、すき間からは草が生えているものの、約400年の時を経てもなお、城を守ってきた威厳が感じられる。延岡市中心部のこんもりとした丘陵にある城山公園。北大手門をくぐり見上げると、「千人殺し」と呼ばれる延岡城跡の石垣が現れた。

 千人殺しは同公園二の丸広場にあり、高さ22メートル、総延長は約70メートル。礎石を外すと一気に崩れ、一度に千人の敵兵を殺すことができるとの伝承が名の由来だが、明治以後に呼ばれるようになったと推測されている。

 赤や白に変色した石に触れながら石垣を見つめる。大きくゴツゴツした石と、そのすき間を埋めている小さな石。自然石をそのまま積んだ野の面づら積づみが施されており、栗石くりいしという小さな石を詰めて補強しているのだ。

 角にあたる稜線(りょうせん)は、長さの異なる整形された石を交互に積む算さん木ぎ積づみ。強度を増すのが目的だが、見た目も美しい。ひときわ目につくのが、稜線の最下部にあるコンクリートで固められた礎石。周りに子どもが通れるほどの空洞があったが、1935(昭和10)年の天皇行幸を前に安全対策として施された。

 石は行縢(むかばき)山の花こう斑岩、愛宕あたご山の砂岩、五ケ瀬川流域で産出される溶結凝灰岩といった主に市内で採石されたもの。また、今は見ることはできないが、文字や薩摩藩の家紋などが刻まれているという。刻印は寄進者を表すのか、石積みの方法を示す目印なのか、いまだ解明されていない。

 延岡城は同藩初代藩主・高橋元種によって、1603(慶長8)年に築城。明治の廃城令を受け一時は荒廃したが、明治末期に公園として一般開放されてからは市民の憩いの場となった。

 城山ガイド・ボランティアの会の兒嶋宗次さん(78)は「事前に調べてきたのか、『早く千人殺しが見たい』と言われたこともあったよ。みんな食い入るように見ちょるね」。観光客の熱心な質問が、案内に熱が入る源だ。

 来月10日には、毎年恒例の天下一薪能が行われる。ボランティアの手で美しく変身した千人殺しと、薪の赤々とした炎が幻想的な情景を演出することだろう。(写真部・西村公美)