この地で稲作を続けて50年の黒木重男さんと妻良子さん

霧に浮かぶ幻想的光景

 連なる山々から流れ込む霧が、谷あいの集落を包む。険しい山の中腹にある西都市尾八重岩井谷地区の棚田は、天空に浮かぶように幻想的な光景を見せた。稲作は早期栽培が9割を占める同市だが、日照時間が短く水温も低い中山間地では、傾斜地を最大限に利用した棚田による普通期栽培が行われる。6月上旬の田植えを前に棚田には沢の水が引かれ、着々と準備が進む。

 同地区は10戸14人が暮らす小さな集落。自治公民館長を務める黒木重男さん(76)方は、大瀬内山の中腹、標高450メートル付近にある。自宅から谷側を見下ろすと、広さと形がさまざまな13枚、計30アールの棚田が広がる。水田には山から下りてきたイモリやカエルがゆうゆうと泳ぎ、土手にはそれらを狙うヘビの姿も。豊かな自然の中で黒木さん夫婦は農作業に汗を流す。

 19日午前7時半ごろ、作業の進む棚田を訪ねると、背後にそびえる山からようやく朝日が顔をのぞかせた。黒木さんは小型の耕運機で水を張ったばかりの田を耕す荒代(あらじろ)に精を出していた。「小さくて作業効率が悪いけど、あぜ道が狭いからこの機械しか入らんとよ」と笑う。一段上の田では、妻良子さん(72)があぜを補修。良子さんは「モグラがあぜに穴を開けるので水が漏って大変。イノシシも田を荒らすので獣害対策には気を使う」と維持管理の苦労を語ってくれた。

 高齢化が進む同地区。黒木さん宅の上部にも棚田はあるが、作業や維持が困難なことから現在では杉林やユズ畑などに姿を変えている。4年前に大病を患い体調を崩すことがある黒木さんも「息子たちが継げないときは杉を植えるしかないですね」と少し寂しそう。しかし、地区住民がおいしいと褒めてくれるのを励みにしている黒木さんは「苦労もあるが先祖がわれわれのために造り、残してくれた棚田を眺めていると、やはり粗末にはできんですよ。体が動く限り頑張りたい」と力を込めた。

【メモ】岩井谷地区へは、国道219号岩井谷トンネル東口から岩井谷川沿いを抜けるルート、同219号から大椎葉トンネルを経由し、ひむか神話街道から入るルートなどがある。道幅が狭いため離合には注意が必要。棚田のある大瀬内山山頂付近には、九州最大の揚水発電所「小丸川発電所」上部ダム・調整池がある