沢を渡る橋はトロッコの重みに耐えられるよう、堅固な石積みで支えている

林業の隆盛期見守る

 目を閉じると、トロッコの走り抜ける音と付き添う作業員の息遣いが聞こえてきそうだ。ゴツゴツした岩肌は長い年月を経た今も鋭さを見せる。

 都農町の山手に広がる尾鈴山系。第2駐車場に車を止め、山の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら歩くこと1時間半。「さぎりの滝」の脇に、巨岩を掘り抜いたトンネルが現れた。

 トンネルは高さ約3・5メートル、奥行き約30・5メートル。東側の入り口には大きな岩盤がせり出しており、先端から水が滴り落ちる。幅はほぼ一定で、約2・7メートル。木材搬出のトロッコ道の一部として昭和初期に造られたと考えられている。

 ひんやりとした坑内を懐中電灯で照らしながら進むと、暗闇の中に荒く削られた岩肌が浮かび上がる。壁面は白や濃紺、オレンジなど意外に鮮やか。目を凝らすと、岩の削り方が異なることに気付く。削った跡が縦線状や斜めに走っている。尾鈴山系に分布する尾鈴山酸性岩類の多くは溶結凝灰岩。強く溶結しているため、非常に硬く、比較的風化に強い。柱状や板状など規則正しい割れ目(節理)を見せる。その割れ目を利用して削ったと推測される。

 トロッコ道は1911(明治44)年、現在は尾鈴キャンプ場となっている九重頭(くえんとう)から川南町牧平までの4キロが完成。その後次々と整備されていった。総延長は50キロにまでなり、尾鈴山系で切り出された木材は貯木場のある旧国鉄都農駅まで運ばれた。途中には、木材を山積みしたトロッコの重みに耐えられるよう、強固な石垣も点在する。

 トロッコがトンネルを走り抜ける様子を河野勝実さん(83)=同町川北=は鮮明に覚えている。「積み上げた木材の上にブレーキをかける人が乗っちょった。トンネルに入るときは腹ばいにならんと危なかったみたいやね」。幅が狭いため、壁面とトロッコの間に作業員が挟まれる事故も多く、命がけで作業していたという。

 58(昭和33)年に軌道が全面撤去され、現在は九州自然歩道としてトレッキング客に人気のスポット。林業の隆盛期を静かに見守ってきたトンネルに会いに、初夏の山歩きを楽しむのもいいかもしれない。(写真部・西村公美)