窟から抜き取られたという石を興味深く見学する観光客
コノハナサクヤヒメ 見初めた鬼が造った
西都原台地の長い夜が明けた。日向灘から昇る太陽は刻々と古墳群を照らしだし、神々が深い眠りから覚めるように大地は表情を変える。点在する古墳は311基。その中に、コノハナサクヤヒメを見初めた鬼が造ったという「鬼の窟(いわや)」がある。朝の陽光を浴びて黄金色に輝き、ひときわ存在感を放っていた。鬼の窟は直径37メートル、高さ7.3メートルの円墳。外堤を備え、横穴式石室があるのが特徴。石室内部は高さ幅約2メートル、奥行き約11メートル。まさに鬼の力仕事を思わせる造りで、訪れる観光客らを神話の世界に引き込む。
記紀では、コノハナサクヤヒメはニニギノミコトと結婚する。地元では、それ以前にも鬼が求婚する言い伝えが残る。その産物が鬼の窟だ。伝承によると、父親のオオヤマツミは「夜明けまでに窟を造ったら嫁にやる」と約束。しかし、意に反し、怪力の鬼は一晩で完成させてしまう。困ったオオヤマツミは鬼がうたた寝している間に石を1枚抜き取り、破談にする。
実際、石室に一歩入って天井を見上げると、巨石1枚分の空洞が目に入る。投げ捨てられた石も残っている。窟から北東に歩いて15分の石貫神社。山の神オオヤマツミを祭る同神社の参道入口に据え置かれている。石貫地区の長老関屋忠文さん(93)は「子どものころ、県外の山の神信奉者が石を持ち出し大騒ぎになった。大人たちが駅まで追い掛けて取り戻した」と昔話をしてくれた。
西都市観光ボランティアガイド協議会の菊池隆行会長(76)は「オオヤマツミの機転がなければ、その後、神武天皇もお生まれにならなかった。鬼はかわいそうだったが…」と説明に力がこもる。
【メモ】鬼の窟は学術的には6世紀後半の古墳。石室内の見学もできる(月曜日を除く午前10時~午後5時)。壁面を伝う岩清水は「鬼が流す悲しみの涙」といわれている。