窯から噴き出す炎と火の粉舞う中、備長炭の窯出し作業は約12時間続く。鉄琴のような金属音が炭焼き小屋に響く

文化守る灼熱の作業場

 夜明けはまだ遠い午前3時の美郷町北郷宇納間地区。江戸時代から続く炭焼きの窯出し作業が始まった。窯の奥で揺らめく炎と鮮やかな赤橙(せきとう)色を放つ炭に、つい見入ってしまう。北郷は木炭の中でも高品質な備長炭の産地。高齢化や担い手不足で継承が危ぶまれる中、職人らは炭焼き文化を守ろうと、灼熱(しゃくねつ)の作業場で汗を流している。

 2007年、北海道から同町北郷に移住した奥井博貴(45)朝子(47)さん夫婦。2人で営む製炭所には、巾着型の高さ2・4メートル、床面積6・5平方メートルの窯2基が連なる。工程に約30日かかる炭焼きは、山から原木を切り出し、長さや形を整え窯に搬入する。その後、乾燥、炭化を経て窯出しだ。1回の窯出しで、原木8トンから約850キロが生産されるという。

 紀州備長炭で知られる和歌山県の製炭方法と比べ、水分の多いアラカシを用いる北郷では、乾燥に約3倍の時間をかける。その乾燥法も独自の技術で、窯内部で直接火をたかず、窯の下に設けた燃焼室でまきを燃やす「小窯方式」を用いる。

 北郷村史によると、1998年に本県は、和歌山県に次いで白炭(備長炭)の生産量全国2位を誇った。同年、県全体の約4割を占める415トンを旧北郷村で生産したが、2015年には約180トンを北郷区木炭生産部会で製炭するにとどまる。さらに、生産者数は約30世帯で、半数以上が65歳以上という状況だ。

 危機感を持った生産者らは炭焼き技術の継承やブランド力を高めるため、14年11月に県の無形文化財指定を目指し「美郷町備長炭製炭技術保存会(上杉貴敬会長、29世帯)」を設立。翌年9月には、同町も製炭技術を町無形文化財に指定、炭焼き文化の維持を後押しする。

 この時季、暑さを避け夜中に始めた窯出しが終わりを迎えたのは午後3時。長時間の作業に加え、窯内部の温度は千度に達するため、作業中の熱さを「血が沸騰しそう」と奥井さん夫婦は例える。

 独自の製炭法により「火付きが良く、火持ちもいい」と評価される北郷の炭は、東京を中心に高級料亭や焼き鳥店などで使われる。職人たちは火の粉を散らす炭窯に向かい、小気味よい備長炭特有の金属音を今日も響かせる。

【メモ】県内では美郷町北郷区のほか、延岡市北浦町や門川町が白炭の産地になっている。全体で45世帯ほどの生産者で343トンを年間に生産。本県は白炭の日本三大産地と評されるが、和歌山県の1144トンや高知県の1225トンに比べ、生産量は遠く及ばないのが現状だ。