VHSデッキの修理を請け負う中武さん。分解したデッキを注意深く観察し、故障箇所を見つけ出す=西都市聖陵町の「再生工房」

「思い出」再生なお需要 貴重な資料、保存に課題

 需要の減少、高性能な記憶媒体の登場により近年、家電メーカーの撤退が続いていたVHSビデオデッキ。国内で最後まで製造してきた船井電機(大阪府大東市)も7月に生産を終了、VHSの時代は幕を閉じた格好だ。DVDやブルーレイディスク(BD)などの記憶媒体が主流になる中、思い出をテープにしまったままの人も少なくない。保存、活用の取り組みや課題など県内の動きを追った。

 VHSはビデオ・ホーム・システムの略で、旧日本ビクターが1976(昭和51)年に販売を開始。個人で気軽に動画撮影ができるほか、番組録画やレンタルビデオの普及にも貢献。映像を身近なものとして生活に浸透させた。

 VHSの映像資料約5600本を保管する宮崎市の県立図書館。閉校した学校の紹介のほか、地域の祭り、災害の記録などが空調管理された書庫にずらりと並ぶ。名画や教育ビデオなど著作権の問題でダビングできない作品も多く、保存方法が最大の課題だ。映像の貸し出しにも対応するが、VHSだと説明すると再生機器がないのか、断られるケースも相次ぐ。同図書館は「VHSは県民の財産なので所蔵を続けるが、保存や活用には障害も多い」と頭を悩ませる。

 VHSデッキの製造終了を機にホームビデオ映像のダビングを依頼する人も。同市恒久の宮崎カメラ製造部中野秀信課長は「1人で30本持ってくるお客さまもいる」と盛況ぶりを説明。連日機材がフル稼働、DVDやBDにデジタルデータとして変換されていく。

 扱い慣れたVHSデッキを使い続けたい年配者も多く、中古品にも注目が集まる。同市島之内の宮崎リサイクル館甲斐直樹代表は「価格も安定しており、数年は中古品の収集も可能。しばらくは需要が見込める」と話す。

 愛用者には故障した際の対応が心配の種。メーカーが修理を行うのは当分の間のみ。修理部品も入手困難で、壊れたら廃棄されるのが現状だ。そんな悩みに応えようと、西都市聖陵町で家電修理専門店「再生工房」を営む中武洋治さん(66)は経験と知識を生かした修理技術で利用者に寄り添う。分解後じっくり観察し、故障原因を突き止める中武さん。工房には廃品から取り出したパーツ類が細かく整理され、手元にない部品は自作して対応する職人技だ。

 中武さんはビデオ映像の復元もこなす。同市三宅の美容院経営松本星江さん(82)は、約20年前に撮影した娘3人の結婚式の映像修復を依頼。復活した映像に映る若かりし娘たちや自分の姿に「昔の映像を見ると頑張ろうと元気がもらえる。本当に良かった」と目を細めた。

 自身もVHSビデオで作品を撮り続け、受賞歴がある中武さん。「VHSは時代とともに消えていくが、大事な思い出まで消すことはない。依頼がある限り力になりたい」と優しくほほ笑んだ。