暗闇に浮かび上がる月形。この地を追われるスサノオのざんげの思いが伝わってくるようだ
“荒ぶる神”スサノオ ざんげの証し
日が暮れ、昼のにぎわいの消えた高千穂峡。遊歩道沿いの池のほとりに立つと、目の前の切り立った岩壁に三日月の造形がぼんやりと浮かぶ。幅約4メートル。自ら光を発することはない。「月形」と呼ばれるそれはやがて、時間とともに闇の中に姿を隠していく。アマテラスオオミカミの弟で、荒ぶる神として知られるスサノオが彫った―。月形について、地元ではそう伝えられている。
スサノオの暴挙に怒り、天の岩戸に隠れたアマテラス。そのことで神々の裁きを受けたスサノオは、高千穂を追放され、ざんげの証しを岩壁に残したという。その際「自分の光は月光の半分にも満たない」と三日月形を彫ったといわれる。右側には「日形」を彫ったそうだが、今は崩れて痕跡はない。
月形は昔、「満月」だったとの説がある。江戸時代後半に延岡藩の国学者樋口種実が書いた「高千穂庄神跡明細記」の絵図によると、月形と日形がいずれも丸い形に描かれているからだ。
高千穂神社の後藤俊彦宮司(67)は「日形・月形は、イザナギの左目から(太陽の神)アマテラス、右目から(月の神)ツクヨミが生まれたことにちなんでいるのではないか。光の当たり具合で丸く見えたのかもしれない」と話す。
一帯は御塩井(おしおい)と呼ばれる清めの地。高千穂峡の中でも真名井の滝や玉垂れの滝、おのころ池など見どころが多く、地元住民の心のよりどころだ。
荒々しい岩肌にくっきりと刻まれた月形。スサノオの反省の意は偽りではなかった―と、そう証明しているようにみえる。
【メモ】月形のある岩壁に流れる玉垂れの滝は、地元の言い伝えでは約1.5キロ離れた天真名井の水が、地下を通って湧き出ているとされる。天真名井は天孫降臨の際、水のなかった高千穂にアメノムラクモノミコトが高天原の水種を移した場所といわれている。