突き出した二つの岩が女性の乳房のように見える「お乳岩」。わが子のためにトヨタマヒメが残した乳房と伝えられ、お乳水と呼ばれる岩清水が滴り落ちる
トヨタマヒメの母性愛の象徴
ポタッ、ポタッ―。洞穴内に岩清水の滴る音が響く。日南市の鵜戸神宮境内にある「お乳岩」は、主祭神ウガヤフキアエズノミコトの母トヨタマヒメの母性愛の象徴だ。妊婦や乳飲み子をかかえた母親たちは、神前で静かに手を合わせ、安産と子どもの健やかな成長を祈願する。鵜戸神宮は広さ千平方メートル、高さ8メートルの岩窟に立つ。主祭神が誕生した産屋跡といわれ、お乳岩は本殿裏手の岩壁に並んでくっついている。
記紀では、トヨタマヒメがお産の際、夫のヤマサチヒコに「元の姿に戻って産むので見ないで」と約束をさせる。不思議に感じたヤマサチヒコがたまらずのぞくと、巨大なサメがのたうちまわる姿がそこにあった。怒ったトヨタマヒメは海神宮(わたつみのみや)に帰ることを決意。置いていく子ウガヤフキアエズノミコトのために乳房を引きちぎって岩の傍らへ投げて残した。妹のタマヨリヒメは、このお乳岩から滴るお乳水であめを作りミコトを育てたという。
日向灘を望む雄大な景観と岩窟で荘厳な雰囲気を放つ同神宮。名物の「おちちあめ」は母乳の出が良くなると伝えられる縁起物で、幕末の薩摩藩士名越(なごや)時敏(ときとし)が記した「鵜戸詣道の記」にも、参拝客を取り囲むあめ売りの姿が描写される。県民俗学会の前田博仁副会長は「運玉を投げて楽しむなど、すっかり観光地化した印象もあるがとても神聖な場所。宮崎城主上井覚兼(うわいかくけん)の日記には、みそぎをし礼服に着替えて参拝した記述もある」と話す。
鵜戸区自治会長の長友治さん(72)は「神武天皇の父ウガヤフキアエズノミコト生誕の地で生活できることを誇りに思う。御利益も頂き、3人の娘は皆、安産だった」。地域の人々はそんな感謝の気持ちを抱き暮らしている。
【メモ】鵜戸神宮の「おちちあめ」(1袋300円)は、岩清水の「お乳水」を混ぜて作っている。運玉を投げ入れることで有名な亀石は、トヨタマヒメが海神宮から乗ってきた大亀と伝えられる。