ノーベル生理学・医学賞
2023年10月4日

今年のノーベル生理学・医学賞は、新型コロナウイルスのワクチン開発に重要な貢献をした米ペンシルベニア大のカタリン・カリコ特任教授ら2人に授与されることになった。ウイルスの出現から1年足らずという極めて短期間で実用化できた背景には、2人の業績を含む長い基礎研究の積み重ねがある。
2人の研究を基に開発されたのはメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン。従来のワクチンには、病原性を弱めたウイルスを使う生ワクチン、薬品で処理して感染力をなくしたウイルスを使う不活化ワクチンなどがある。しかし、どれも開発には何年もの時間がかかる。
一方、新型コロナワクチンに使われたmRNAは4種類の塩基が連なったひも状の分子で、遺伝情報を読み取れば酵素を使って簡単に合成できる。実際、実用化に成功した米モデルナは必要な遺伝情報をそろえると、40日余りで治験用ワクチンを作り上げた。
ただ、そこに至る道は平たんではなかった。
mRNAは、細胞の核にあるDNAの遺伝情報をコピーし核の外でタンパク質を作らせる「伝令役」。役目を果たせばすぐに分解される。不安定で壊れやすいmRNAを、どうすれば酵素による分解や免疫の攻撃をかわして細胞内に送り込めるのか。その難問を解いたのが2人の研究だった。
カリコさんはハンガリーの大学院生だった1978年以来、RNA一筋に研究。もう一人の受賞者でペンシルベニア大の同僚、ドリュー・ワイスマンさんと共同研究を進め、mRNAの一部を改変すると免疫の攻撃をかわせることを見つけ、2005年に発表した。この地道な基礎研究の土台があったから、新型コロナワクチン開発にすぐ着手できた。
海外ではがん以外にもエイズウイルス(HIV)などに対するmRNAワクチンの開発が進められており、免疫など生物学の深い知識を持つ博士号取得者を数多く抱える新興企業が、担い手として活躍している。日本の出遅れ感は否めない。
米国の成功事例にならって、1999年に政府が始めた新興企業育成策は、米国の制度と違って研究開発型の支援ではなかったため、目立った成果が出ていない。国立大の研究環境が悪化するのを放置したことで博士を目指す若者も減り、研究力の低下が止まらない。
すぐに役立つことばかりを優先し、「選択と集中」に偏った政策の失敗が原因であることは明らかだ。「無」から「有」を生み出す基礎研究に伸び伸びと取り組める環境を日本全体で増やす方向に政策転換すべきだ。