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地下鉄サリン事件25年

2020年3月24日
◆カルト集団の「闇」分析を◆

 猛毒のサリンが日本の中枢を襲った、オウム真理教による地下鉄サリン事件から四半世紀が過ぎた。14人が死亡、6千人以上が重軽症を負う無差別テロは列島を震撼(しんかん)させた。だが、多くの人の記憶は薄れ、とりわけ10~20代の若い世代は事件を想像することも難しいだろう。

 教団を巡る一連の事件では、松本智津夫元死刑囚=執行時(63)、教祖名麻原彰晃=ら13人の死刑が2018年7月に執行され、刑事事件として形の上では終結したかもしれない。

 しかし、なぜ純粋な若者たちが松本元死刑囚に引き寄せられ、不特定多数の市民を標的にするテロという凶悪犯罪に手を染めたのか。カルト集団の「闇」は、裁判を通じて解明されたとは言い難い。

 元教団幹部たちの言葉を聞くことはもはやできないが、膨大な法廷記録、捜査資料は残されている。自己の優越性を声高に叫び、寛容性が失われ、分断が進む現代社会に生きているからこそ、事件の風化を防ぎ、二度と悲惨なテロを起こさないために、闇を検証していく作業を続けなければいけない。

 事件は1995年3月20日午前8時ごろ、通勤ラッシュ時に起きた。中央省庁の最寄り駅の霞ケ関駅につながる地下鉄日比谷線、千代田線、丸ノ内線の5車両で、教団幹部らがサリンを散布し大混乱に陥った。地下鉄サリン事件では、今も多くが心的外傷後ストレス障害(PTSD)や症状悪化に苦しむ。

 オウム真理教の事件を巡る裁判記録は原則永久保存の「刑事参考記録」に指定されている。裁判は刑事事件の外形を裁いただけで、信仰心を巧みに誘導し、脅迫を用いて精神を呪縛した事件と信仰の結合、宗教的な動機という核心を解き明かすには不十分だったとの指摘は少なくない。この悲劇を分析し、語り継いでいくには、宗教学、社会学など多角的なアプローチが不可欠だ。

 裁判記録だけではなく、警察、検察の資料もあるだろう。こうしたものに宗教、社会学者やテロ対策担当の専門家らが自由にアクセスし、活用できるようになれば、未解明の部分の研究は進むのではないか。

 教団の元幹部は「高学歴」で、信者獲得は大学も主舞台となった。サリンの散布役だった広瀬健一元死刑囚=執行時(54)=は、大学生にこんなメッセージを送っている。指導者や教えへの服従はないか、過度に厳しい規制がないか、自己を否定されないか、一般社会から離れて集団生活に入る傾向はないか…。気を付けるべき点をいくつもつづっていた。事件の教訓を次の世代につないでいく。改めて確認したい。

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