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絵を描く本来の喜び

2023年11月12日
 スケッチ帳を小脇に抱えて線路を歩く。坊主頭に半袖半ズボン―。だれもが思い浮かぶ「放浪の画家」山下清(1922~71年)像だ。人気だった「裸の大将放浪記」のテレビドラマや映画で有名になった。

 県立美術館で開かれている特別展「生誕100年 山下清展―百年目の大回想」で意外と知られていない人間性や画業に触れられて新鮮だった。貼り絵が有名だが水彩、油彩、ペン画、陶磁器など表現の幅が広い。実際の彼はスケッチ帳を持たずに出かけたそうだ。

 絵を描くのではなく、たださまようための放浪。寒ければ南国や温泉へ、という具合に気分次第だ。だからこそ何も手本とせず自由な画風を生んだのだろう。抜群の記憶力で絵は帰って描いた。好きなものを自由に描く姿勢は、絵を描く本来の喜びを思い出させてくれる。

 絵の魅力となっているのが懐かしい日本だ。民家や商店でおにぎりをもらいながらの旅は今では考えられない。人と人、道と民家の境界がずっと緩かった時代の空気感がある。戦争中の高射砲の絵ではまだ存在していない巨大な飛行機が描かれていて、戦争末期の空襲を予見しているように思えた。

 著作「日本ぶらりぶらり」には「いつも線路をつたってきた」本県の好印象を記していてほっとした。貼り絵に使った切手やチラシ、こよりを使って盛り上げた画面など、間近で見るほど緻密な作業に驚嘆する。ぜひ会場で実物を確かめてほしい。26日まで。

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