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明るい色へのこだわり

2023年6月29日
 「決して技術はうまいわけではないが、描きたい気持ちが見る者にじかに伝わってくる」―。1986年の宮日総合美術展の特選作品に対する審査員評だ。先日102歳で亡くなった野見山暁治さんである。

 2年連続で審査員を務め、翌年の作品評にも「描きたい気持ち」との文言が出てくる。その言葉が強い説得力を持つのは、野見山さんが東京美術学校(現在の東京芸術大)を戦争のために繰り上げ卒業し、旧満州(現中国東北部)へと送られた経験を持つからか。

 「昭和十八年の秋に向かってわたしは、いつものように絵を描きつづけて、それから自首するように兵舎に入った」と、著書「異郷の陽だまり」に記している。そして戦争で散った画学生の何倍もの歳月を生きてきたことに「なじられるような後ろめたさを感じる」とも。

 戦没画学生の慰霊美術館「無言館」の開設に尽力したのもそうした思いからだろう。また、86年の宮日美展の総評からは「明るい絵」へのこだわりのようなものが感じらられる。それも「黒々と横たわった死体」(集英社「わたしの〈平和と戦争〉」)といった戦争がもたらす色のない世界への反動か。

 誰に対しても分け隔てなく接したという野見山さん。かつて母校である福岡県飯塚市の中学校で特別授業を行った際「絵は分かるかどうかではなく、好きかどうかだよ」と語りかけたという。絵に限らず、すべての芸術を志す人に当てはまる至言と言えよう。

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