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解き放たれた美

2022年6月22日
 梅雨になると、子供のころの「ぬかるみ道」を思い出す。舗装されていない道路が多く、雨が降ると泥がぬかるんだ。危ないが子供には滑るのが楽しい。長靴をぬいで裸足で滑ると足裏の感触が気持ちいい。

 滑った泥のつるつるした表面が、角度を変えて重なり美しい階調を作っている。だが大人になると忘れていた。自分で見つけた美をつまらなく思い、器用に描いた絵ほど美しいという基準に縛られていたようだ。「白髪一雄(しらが・かずお)―行為にこそ総てをかけて―」を見た。

 県立美術館で7月3日まで開かれ美術ファンらの注目を集めている。時間をかけて鑑賞し、封印された美が解き放たれたように感じた。白髪(1924~2008年)は絵の具を足裏で延ばして描く唯一無二の画法を1950年代に確立。美術界に衝撃を与えた抽象画家だ。

 絵の具が跳ね大胆に色が交錯する。ダイナミックな描線はどこか肉感的だ。密教に関心を持つ白髪は厳しい修行を行い、そこから深い精神性が生まれた。天井につるしたロープにつかまって滑りながら描いたという。絵の具まみれのロープも展示されているが、血や汗のにおいも伝わってきそうだ。

 密教には欲望を肯定し、宇宙規模の歓喜に至る思想がある。子供が全身で喜びを表すように、白髪も全身で描く行為自体に快感を覚えていただろう。度々来県して、本県の美術関係者とも交流が深かった画家。見る者の美的体験を呼び覚ましてくれるはずだ。

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