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県民癒やしの場に

2022年1月14日
 伊東マンショも通院したのだろうか。イエズス会の宣教師で医師だったアルメイダが豊後府内(大分市)に日本初の病院を作ったのは1557年。外科、内科やハンセン病科を備える総合病院だったという。

 英語で病院はホスピタル。語源はラテン語でホスピタリティ(おもてなし)に通じる。病気を治すだけでなく、患者や家族の声を聞いて親しくもてなす場所が本義。開院した新県立宮崎病院が、全県レベルの中核病院として県民の癒やしの場になることを期待する。

 旧病院の前の病院も覚えている世代にとっては、全面建て替えが計画された時に「もう老朽化か?」と驚いたが、それほど医療は日進月歩で変化しているのだろう。結果論になるが、特に着工後に直面したコロナ禍を考えると、感染症対策を施した施設は時宜を得ていた。

 2019年3月の着工から立ち上がるまで工事の様子を毎日見てきた。完成した病棟を見上げるとレンガ調の茶色いタイルが特徴的。旧病棟のイメージを踏襲しているのが分かる。久しぶりに来院した人も迷わないで済むはずだ。この地で開院して100年の伝統と責任を負う姿勢が伝わってくる。

 作家の遠藤周作は著書の中で「医療者側の温かさは多くの患者にとって薬や手術と同じくらいの大事な治療方法」として医師と患者の信頼感が重要と力説する。基幹災害拠点病院の機能も増す同病院。患者も中核病院としての役割を理解し適切に利用したい。

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