ホーム くろしお

青い鳥

2021年7月21日
 数年前、卒業後30年以上たって開かれた中学の同窓会に出席。楽しく旧交を温めたのだが後日、参加した友人が教えてくれた。「○○君が××君たちに『おまえら、俺のことをいじめたよな』って言ってた」。

 記憶にある。教室での露骨ないじめはなかったが、後にクラスのみんなが知らないところで複数人によるいじめが行われていたことが分かった。やった側の人間が当時のことをどれほど覚えているかは分からないが、された方は何十年たっても忘れていなかった。

 その話を友人から聞いて思い出したのが重松清さんの小説「青い鳥」。いじめに遭った野口という生徒が自殺未遂の末に転校していった中学校。事件後に来た吃音(きつおん)症の教師・村内は野口が座っていた机に毎日声をかける。生徒たちは、その行為が自分らへの罰だと感じる。

 そんな生徒に対し村内は、罰ではなく責任だと言う。「みんなは野口君に一生忘れられないことをした。だから君たちが忘れるのはひきょうだ。忘れないことが責任なんだ」と。つっかえながらも、静かに説く教師の言葉が読み手の心に刺さる。いじめの本質、その救いのなさを鋭く描いた作品だ。

 未成年時にやった陰惨ないじめを分別のつく年齢になっても武勇伝のように雑誌で語っていたミュージシャンが、東京五輪開会式での楽曲制作担当を辞任することになった。過去に裁かれた形だが、彼は今、当時の自分の行為にどう向き合っているのだろう。

このほかの記事

過去の記事(月別)