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五輪組織委会長に橋本聖子さん

2021年2月20日
 大きな非難にさらされて東京五輪組織委員会の会長が辞任―。だが、先般の話ではない。前回1964年大会でも同様のことが起きている。このときの会長は戦中、戦後に大蔵大臣を務めた津島寿一だった。

 原因は、62年に行われたアジア競技大会。開催地のインドネシアと対立する台湾、イスラエルが参加拒否となる中で、日本が参加すれば、2年後の東京五輪に悪影響を及ぼすおそれがあった。それでも参加を決めたことで、津島は責任を追及され要職を追われた。

 女性蔑視発言が原因となった森喜朗前会長と違い、国家間のいさかいに巻き込まれた津島には同情の余地がある。後任には、日本原子力発電社長の安川第五郎が就任した。おととしのNHK大河ドラマ「いだてん」でもこの部分は描かれているので、見られた方もいよう。

 かたや東京2020大会の組織委員会。すったもんだの末に、新会長には五輪相だった橋本聖子さんが選ばれた。59年前に津島らが決めざるを得なかった、アジア競技大会参加の可否の判断。橋本さんには、それと同じくらい重い「五輪開催の可否」の判断が迫られる場面も出てくるかもしれない。

 64年五輪で会長を引き継いだ安川は、新聞の寄稿で「目標を失わなければ遠回りしたとしても結果はそこへ行く」と語った。今回の騒動は確かに遠回りとはなったが、さりとて橋本新会長が掲げる目標に行き着く保証はないコロナ禍の中での五輪の行く末だ。

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