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名もない山頂

2021年1月13日
 霧島がうっすら雪化粧をしている。冷え込みはつらいが、宮崎市からも遠くの山並みがさえ渡って見えるのはいい。南には徳蘇山系の山肌があらわだ。だいぶ以前だが、長い稜線(りょうせん)を踏破したことを思い出す。

 同好会の宮崎山楽会が主催した登山だ。会長だった森本辰雄さん(同市)が年の瀬に92歳で亡くなった。県庁職員だった1980年、ネパール・ヒマラヤのツクチェ峰(6920メートル)の登頂に成功した遠征隊に参加するなど、山好きの間では重鎮的な存在だった。

 ネパールには十数回訪問し、2009年には日本ネパール協会県支部を発足。樹木医として現地の大学で林業の講演を行い、県産杉を寄贈したり、同国文化の紹介や留学生の支援を行ったりした。「貧しくても、生き方について彼らから教わることが多い」と話していた。

 日本山岳協会参与も務めたが、こよなく愛したのが郷土の山々だ。山小屋風の自宅で、本県の山岳地図を広げて「名もない山頂を見つけると、そこに立ちたくなる」と目を輝かせていた。名前がなかった国富町の山に「式部岳」と名が付いた時は、”お披露目”登山を行うなど登山の楽しさを広めた。

 頻繁に登った大崩山の写真展を延岡市や宮崎市で開催。県民にもあまり知られていなかった豊かな自然を広く紹介し祖母・傾・大崩エコパークの登録へと機運を盛り上げた。名のない稜線を今も歩いている森本さんに、いつかばったり出会いそうな気がする。

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