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筒美京平さん死去

2020年10月14日
 作詞家の松本隆さんは学生時代、歌謡曲が大嫌いだったという。だが、西田佐知子さんの「くれないホテル」というレコードだけは買った。「メロディーがどこか日本離れしていて新鮮だった」と振り返る。

 それから数年後。作詞家になった松本さんは、この曲を作曲した筒美京平さんと対面することとなる。芸能界に入ってすぐにナンバーワンの作曲家と知り合えた強運を「たとえば富士山の頂上にワープしたようなもの」と、著書「成層圏紳士」の中で語っている。

 コンビを組んですぐにできたのが、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」。この曲によって、松本さんは作詞家として注目を浴びる。それから2人は近藤真彦さんの「スニーカーぶる~す」や、中原理恵さんの「東京ららばい」など数多くのヒット曲を世に送り出した。

 実は筒美さん自身も歌謡曲はあまり好きではなかったという。歌謡曲好きではない作詞家と作曲家が組み、あまたの名曲を生んだのは面白い縁だ。筒美さんは、松本さん以外にも多くの作詞家やアーティストと組み、手がけた曲は3千ともいわれる。その「曲作りの職人」が7日、80歳で旅立った。

 テレビのインタビューで「曲が古くなってもだれかが口ずさんでくれれば幸せ」と、語っていた筒美さん。その言葉通り、いしだあゆみさんから少年隊の曲まで、幅広い世代がずっと筒美さんの曲を口ずさみ続けることだろう。それぞれの昭和の思い出と共に。

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