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不明の病気に向き合う

2020年6月26日
 川崎病、というと神奈川県川崎市周辺で認定される公害病と誤解する人がいるが、地名とは関係なく病気を発見した小児科医の名から取った病名。その功労者である川崎富作さんが先日、95歳で亡くなった。

 主に乳幼児がかかって全身の血管に炎症が起きる。治療法はほぼ確立されて死亡率も激減したが原因が解明されていないので、川崎さんは”病”でなく「川崎症候群」と呼ぶのがいいと考えていた。小児科の勤務医だった川崎さんが最初の患者を診たのは1961年。

 4歳男児だった。川崎さんへの聞き書き「川崎病は、いま」(細川静雄、原信田実著)によると、いろいろ治療を試すが効果がない。新しい病気という信念を抱いて、世界中の同様の症例を調査。妻の後押しで月給の6倍近くを投じて、カラー写真入りの論文を発表した。

 しかし学会の反応は冷ややか。道を開いたのが1970年に厚生省(現厚生労働省)への直談判で出会った参事官だ。ハンセン病などに熱心に取り組んだ官僚で、疫学調査の必要性を説き、専門家を紹介。研究費を獲得し、病気の実態解明治療法開発へとつながった。まさに奇跡的な出会いだった。

 新型コロナウイルス感染が広がる欧米で、川崎病らしい症状を訴える子供が増えている。因果関係が確認されれば検査方法や治療態勢で”日本発”の知見が役立つかもしれない。不明なことが多くても、病気に向き合い続ける大切さを川崎さんは教えてくれた。

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