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琴となり下駄となるのも…

2020年4月1日
 現在の千葉県にあった小藩請西(じょうざい)藩。その最後の藩主林忠崇(ただたか)は「脱藩大名」の異名を持つ。幕末期の戊辰戦争で幕府に味方するにあたり、将軍慶喜に迷惑が掛からないよう、藩主自ら脱藩したことに由来する。

 大名の脱藩―。前代未聞にして驚愕(きょうがく)の荒技である。しかしこの脱藩があだとなり、後に忠崇は明治政府に冷遇された。生活は困窮し、農民や下級役人、商家の番頭など、およそ元大名とは思えぬ仕事を転々とすることになる(中村彰彦著「脱藩大名の戊辰戦争」)。

 そんな波乱の生涯を送った忠崇が晩年に詠んだ句がある。「琴となり下駄となるのも桐の運」。示唆に富んだ句だが忠崇は「琴」と「下駄」に優劣をつけているのではない。同じ人材でもその時々の運や巡り合わせで何になるか分からないと淡々と詠んだだけなのだろう。

 新型コロナウイルスの影響で入社・入庁式もままならない中、きょう多くの若者が社会人としての一歩を踏み出す。願った業種や部署に就けた人、残念ながら希望通りにはならなかった人。人生の大きな節目を迎えるにあたっての思いはさまざまだろう。そうしたすべての若者にこの句を贈りたい。

 琴や下駄になったら2度と別のものにはなれない桐と違って、人は長い人生の中で何度でも違うものになれる。まずは今いる場所で、与えられた仕事に誠実に取り組んで。そうすることでたぐり寄せられる「運」もあるよとエールを送る新年度スタートの日。

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