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未来のテロリストへ

2020年3月25日
 あまたあるジャック・ヒギンズの小説の中でも「鷲は舞い降りた」に肩を並べる人気作品の一つが「死にゆく者への祈り」だ。主人公は通学バスを誤爆したことから罪の意識にさいなまれるテロリストの男。

 警察や軍、かつての仲間からも追われる男は、逃走用の偽旅券を入手するため交換条件で引き受けた殺人を神父に目撃される。失態にも慌てず、告解の内容は決して口外できないというカトリックの鉄則を逆手にとり、教会の告解室でその神父に殺人を告白する。

 巧妙な伏線から一気に虚構世界へと引き込まれる。昔、読み尽くしたヒギンズの一冊を思い出したのは、地下鉄サリン事件に関与し、死刑が執行されたオウム真理教元幹部の元死刑囚が未来のテロリストに自制を呼び掛ける英文メッセージを残していたことを知ったからだ。

 日付や題名はないが事件に触れ「犠牲者や遺族にとって極めて有害だったと次第に気付いた」と自戒の念をつづっている。英語で罪を告白、ざんげもできるインテリが「テロ前の世界と後の世界を思い浮かべてほしい。絶望感にさいなまれるはずだ」と訴える内容は重い石のように胸にのしかかる。

 ヒギンズ小説の最後はもの悲しい。フィクションも現実も人殺しの末路がハッピーエンドになるはずもないがかすかな救いがあるとすれば死にゆくテロリストに他者を気遣い、守ろうとする人間性が残っていたことだ。元死刑囚は読んだだろうか、この本を。

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