プロ野球選手から政治の道へと転じた異色の経歴を持ち、県議会運営の調整役となる副議長に選出された。「議会としても発信力を高め存在感を発揮したい。議長をしっかり支え、県政発展に精いっぱい力を尽くす」と意気込む。
日向市出身で1988(昭和63)年、高鍋高から外野手としてドラフト外で巨人に入団。翌年、チームは近鉄相手に「3連敗4連勝」を飾り日本一の栄冠を手にする中、自身はけがに泣き、90年にユニホームを脱いだ。
政治に無縁だった会社員時代、東京の県人会で衆院議員の故江藤隆美氏と出会い秘書に。江藤氏は選挙区内をくまなく回る「どぶ板」選挙を徹底。「とにかく『歩け、走れ』と、厳しい人だった」と振り返る一方、その政治姿勢が「(自身の)政治家としての基本になった」と語る。政治への関心が高まり、2003年に日向市議選に立候補しトップ当選。野球で培った人脈を生かし、「欽ちゃん」ことコメディアンの萩本欽一さんが監督を務めた社会人野球チームのキャンプを誘致して話題になった。
日向市区選出の県議として3期目。政治家として心がけるのは「コミュニケーションをしっかり取る」。県庁各課を回り情報を集め、地域の要望を伝える。県に対しては「本県の伸びしろは十分にある。宮崎ならではの政策、予算を打ち出してほしい」と求める。
議員活動に全力を尽くし「仕事が趣味」と豪快に笑う。本県出身スポーツ選手の活躍のニュースが何よりの楽しみ。日向市内に母と妻、娘と暮らす。53歳。