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【第4部・原発の行方】(上)串間の今

2012年11月29日
■再稼働議論思い複雑

 早朝は各家庭にビラを入れて回り、仕事を終えた夕方は署名集め、夜は看板作り-。1992年に九州電力による串間市への原発立地問題が浮上すると、同市奈留の農業吉田宗充さん(51)は「子どもたちの命や自然に重大な被害を与える」と危機感を覚え、反対運動にのめり込んだ。だからこそ、今の原発議論は注意深く見守っている。

 2011年3月11日、東日本大震災による福島第1原発事故が発生。「命が奪われ住む家も失われ、福島の被害を思うと言葉が出ない」と心を痛め、「原発を建てさせなかった自分たちの活動は間違っていなかった」と感じる。

 納得できないのは国や電力会社の対応。「原発の再稼働議論自体容認できない。まずは電力会社や国が、電力事情や発電所の稼働率、今後の見通しなど、正しい情報を提供するのが先だ」と強く思う。

   ◇     ◇

 原発を巡り、立地の賛否や誘致の是非を問う住民投票実施で議論が沸き起こっていた当時、賛成派は「仕事や雇用を生む原発は活性化の起爆剤」などと主張。街中にのぼりや看板を立ててこう繰り返した。しかし、住民投票で誘致に賛成の立場だった串間商工会議所の矢野貞次会頭は、原発事故後に認識が一変。「脆弱(ぜいじゃく)な災害対策や対応の不誠実さにショックの連続。いい面ばかり説明してきた国や電力会社に裏切られたような気持ちだ」という。

 ただし、原発の再稼働については「電気料金の値上げが市の活力をさらに疲弊させる恐れもある。安全が確認された所だけは動かしてもいいのでないか」と考える。

   ◇     ◇

 11年5月、原発事故を受け、同市の野辺修光市長が住民投票の断念を表明。20年にわたった原発論争は事実上の終止符が打たれたが、現在、串間で原発に代わる活性化策は見いだせていない。しかし、足元を見詰め直し、活性化につなげようという動きも出始めている。

 賛成運動に関わった串間市管工事協同組合の増田寿満組合長は「活性化を原発や行政など『他力』に頼ろうとしていた」と振り返る。今は身近なところから地域を元気づけようと、積極的に自治会活動などに汗をかく。JA串間市大束反原発委員会の井上貴裕委員長も「今の資源を活用して盛り上げることはできないか」と仲間たちと語り合う。

 原発に揺れた串間。事故後の再稼働に伴う議論に複雑な思いを抱きながら、「原発後」について一歩を踏み出そうとしている。

   ×     ×

 福島第1原発事故後、初の国政選挙となる今回の衆院選。争点の一つとなっている再稼働の必要性の有無や即時廃止の根拠などを賛成、反対両方から意見を聞いた。

【写真】都井岬から、原発立地予定地とされていた対岸の荒崎一帯を望む。市は約20年もの間、原発を巡り賛否の議論で揺れた=串間市

【第4部・原発の行方】(上)串間の今2012年11月29日付
【第4部・原発の行方】(中)再稼働の前提2012年11月30日付
【第4部・原発の行方】(下)危ぶむ声2011年12月1日付

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