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ニシタチ物語

【第1章・変わりゆく街】(1)店舗

2016年9月27日
 居酒屋やバー、スナックなどがひしめく県内最大の歓楽街ニシタチ。仕事の疲れを癒やすサラリーマン、はやりの店で食事を楽しむ若者、名物料理を求める観光客…。人々はなぜこの街に引き寄せられるのか。人と店と街とが紡ぎ出す物語や歴史を掘り起こし、ニシタチの魅力を解き明かすことで、地域資源や観光資源として生かす道を探る。第1章では、変わりゆくニシタチの今を切り取る。

「食」の色合い強まる

 週末の午後11時前。一番街商店街の飲食店「コーナー」は客足のピークを迎える。帰る前にもう1軒、待ち合わせまで軽く一杯…。今でこそ一番街の日常になったが、通りに飲食店が増え始めたのは、ここ数年のことだ。

 同店は2008年9月、待ち合わせ場所として親しまれる「ミスド前」の空きビルで開業。老舗すし店や喫茶店などを除けば、洋品店や雑貨店など物販店が中心だった当時の一番街で、新規飲食店は異色とも言えた。

 「最初は赤字続き。街に人があふれていても店はがらがらなこともあった」とオーナーの村岡浩司さん(46)。しかし、同店をきっかけに通りには飲食店が増え、「食の街」の色合いを強めていく。

 「飲食店が増えることに抵抗がないと言えばうそになる」。約40年前から一番街で靴店とたばこ店を営む浅岡日支生(にしお)さん(78)の言葉には、県内随一の商店街とともに歩んできた自負がにじむ。「でも、そんな時代じゃなくなった。飲食店がなければ空き店舗ばかりになっていたかもしれない」

 1997年に1万5千人以上だった一番街の休日通行量(宮崎市調べ)は、郊外に大型ショッピングセンターがオープンした2005年以降、急速に減少。13年には4800人にまで落ち込んだ。買い物客の減ったアーケードで新たに物販の店を立ち上げようとする人は少ない。代わって進出してきたのが大型店と競合しにくい飲食店だった。

 こうした傾向はニシタチ全体でも同様で、国の統計によると、09年にエリア内で188事業所あった小売・卸売業者が、14年は160事業所に減少。一方、飲食店がほとんどを占める飲食店・宿泊業は1063事業所から1129事業所へと増えている。

 みやぎん経済研究所の主任研究員・杉山智行さん(45)は「景気回復の兆しが見えない中、限られた所得を物より体験に使う傾向が続いている。飲食店の集積は今後も進む」と予測。「物販とのバランスも大切」と前置きした上で、「1次産業主体の宮崎で、ニシタチは地元の食を体験できる重要な拠点。集積によって街の魅力はさらに高まるだろう」と見通した。

【写真】酔客であふれるニシタチの一番街商店街。「食の街」の色合いが強まっている=9月、宮崎市

【メモ】
 「にしたち」は宮崎市の西橘通りの略称だったが、最近は中央通りや西銀座通り、一番街、高松通り、上野町通りなども含めた橘通り西側に広がる歓楽街全体を「ニシタチ」と呼ぶようになった。同市観光振興計画(2015~19年度)でも同様に位置付け、観光地としてのブランド確立を目指している。

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