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被災地を歩く

【東日本大震災3年半】(1)時止まり静寂包む

2014年10月14日
福島・国道6号沿線 破損した家屋、車放置

 東日本大震災から3年半が経過した、福島、宮城、岩手の被災3県。津波の被害を受けた土地の多くはさら地のままで、東京電力福島第1原発事故の影響による通行規制が解かれた国道6号の原発周辺では、被災した家屋や車が放置されている。9月下旬に被災地を訪れ、記者が目にした「帰還困難区域」の様子や、被災地に根を下ろし、被災者の心のケアなどに当たる本県出身者の思いなどを紹介し、東北の「いま」を伝える。(報道部・黒木智洋)

 福島県中部の中通りに位置する福島空港でレンタカーを借り、太平洋沿いの浜通りを目指す。山あいに広がる黄金色の田園風景を横目に車を走らせ、中通り北東部の川俣町へ。やがて、仮設住宅の所在を示す看板が目立ち始めた。

 同町を通過し、全域が避難指示区域となっている飯舘村に入る。田園風景は姿を消し、田畑だったはずの場所には汚染された土砂を詰めた巨大な黒いビニール袋が積まれている。道路脇には「除染作業中」と書かれたのぼり。車の往来はあるものの、外にいるのはマスク姿の作業員のみだ。自分が少しずつ、原発に近づいているのを実感した。
   
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 南相馬市の中心市街地から国道6号を下り、原発事故から3年半ぶりに通行規制が解かれた「帰還困難区域」に到達。解除されたのは双葉町-富岡町を縦断する約14キロ区間。歩行者などは通れず、車だけが通行を許されている。

 双葉町側から南下。脇道にはバリケードが設置され、場所によっては警察官が配備されていた。崩れた量販店の壁、割れ落ちたコンビニエンスストアのガラス…。故郷を離れざるをえなかった人々の気持ちを思うと、胸が締め付けられた。

 程なくして「福島第1原発入り口」の標識を発見。原発を目的地に設定していたカーナビに目をやると、「2・5キロ地点」と表示されていた。区間の平均空間放射線量は、除染の基準とされている毎時0・23マイクロシーベルトの約16・5倍となる毎時3・8マイクロシーベルトで、途中での降車は禁じられている。車を走らせ、解除区間南側の富岡町を目指した。
   
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 規制解除区間を抜け、近くのJR常磐線富岡駅に立ち寄る。車を降りて近づくと、崩落の恐れがあるため構内は立ち入り禁止となっていた。屋根には電柱が倒れかかり、脇には津波で流れ着いたと思われる破損した車が横たわっている。周囲の家屋は屋根や柱が崩れ落ちたままの状態。3年半前から時が止まっているかのようだ。

 静寂の中、駐車場に設置された慰霊碑に手を合わせる。震災はまだ終わっていない-。頭では理解していたつもりだったことを現実として突きつけられた衝撃で、なかなかその場を離れることができなかった。

写真説明/福島第1原発近くにある、JR富岡駅。壊れた車が放置され、屋根には電柱が倒れかかっている=9月19日午前、福島県富岡町

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