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ある日忽然(こつぜん)と 県内特定失踪者

(1)日南市南郷町 和田幸二さん=当時(31)

2014年7月18日
■行方知る最後の機会

 「どこかで生きていてくれればなあ」。日南市南郷町の外浦漁協組合長の河野賢二さん(77)と妻京子さん(72)は26年前の夏を思い返す。京子さんの末弟、和田幸二さん=当時(31)=はいまだ行方知れずの状態だ。

 1988(昭和63)年夏、カツオ漁船「第58福徳丸」の船員だった幸二さんは河野さんと共に宮城県の気仙沼で漁を終え、外浦港に帰った。お盆休みを地元で過ごし、8月19日の夕方に出港。三陸沖でカツオを釣る計画を立てていた。18日、飲食店に出掛けた幸二さんは友人と合流。日が変わった午前2時ごろ、友人を自宅近くで降ろしたのを最後に車ごと消息を絶った。

 「幸二はどこかに行くにしても、まめに連絡を入れてくれていた」。河野さんや漁の仲間が行方を捜した。数日間、都城付近の山中をかき分け、外浦港近くの海にも潜ったが姿はなかった。親族らが日南署に捜索願を出したが痕跡一つ見つからなかった。

 失踪から14年たった2002年、宮崎市でも同時期に2人の男性が失踪していることを知った。「連れ去られたのかもしれない」。北朝鮮による拉致を疑い、日南署に捜索願を再提出。08年には「特定失踪者問題調査会」が幸二さんを「拉致濃厚」と位置づけた。

 「今回の再調査が幸二の行方を知る最後の機会かもしれない」。5月下旬、日朝両政府が安否再調査に合意した。河野さんは「幸二の名前が出ればいいんだがなあ」と期待する。姉の京子さんは「諦めたこともあったけど、一目でもいいから会いたい」と目頭を押さえた。

 26年たった今でも河野さんは船で寝食を共にしていた日々を思い返す。失踪する3年前。まだ海に出て間もない河野さんの長男功さん、次男の輝徳さんに、幸二さんは一本釣りのこつを親身になって教えていた。「息子たちからも慕われちょった。突然にいなくなる理由が思い付かない」

×     ×

 日朝両政府が日本人拉致被害者の安否再調査に合意して約1カ月がたった。1日の政府間協議では北朝鮮側が特別調査委員会の構成を提示。調査の実効性に疑問も残るが、事態は大きく進展する可能性も出てきた。県内の特定失踪者は4人。関係者は新たな情報を待ち望んでいる。

【写真説明】和田幸二さんの写真に思いをはせる義兄の河野賢二さん(右)と姉の京子さん=日南市南郷町

【ある日忽然と 県内特定失踪者】(1)和田幸二さん2014年7月3日付
【ある日忽然と 県内特定失踪者】(2)林田幸男さん2014年7月4日付
【ある日忽然と 県内特定失踪者】(3)水居明さん2014年7月5日付
【ある日忽然と 県内特定失踪者】(4)岩本美代子さん2014年7月6日付

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