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宮崎のレジェンドたち

卒寿の現役ゴルファー川﨑久行さん(90)=宮崎市

2014年4月30日
■腕前支える強い足腰
 真っ赤なベストが芝の緑に映える。宮崎市のゴルフ場で4月中旬にあった大学同窓会のコンペ。「若い人たちについていくのがやっとよ」。そうつぶやきながら白髪に帽子をかぶせた。次の瞬間、しなるドライバーが小気味いい打球音を鳴らしグリーンめがけて弾道を描いた。飛距離200ヤード。90歳のゴルフプレーヤー川﨑久行さん=同市江南2丁目=は「ドライバーが打てれば足腰はまだ大丈夫ってことかな」と頬を緩ませた。

 ゴルフ歴は53年。最近は、宮崎カントリークラブの4月月例杯で、67人が出場したグランドシニア(70歳以上)で優勝。1ラウンド18ホールを自らの年齢以下の打数で終えるエージシュートも68歳で2回、80歳で1回達成した。年間25回はラウンドする。

 同伴プレーヤーとの昼食では、その腕前を支える足腰の強さに話題は集中。1ラウンド1万4千歩は歩くという川﨑さんは「自分流の生活スタイルで健康を維持している」と答えている。

 朝6時起床し、ラジオ体操、朝食後は習字を2時間。健康体操、散歩、読書と繰り返し、ゴルフに必要な体力、柔軟性、集中力を保っている。川﨑さんの胆力を支えているのは、それだけではない。「軍隊生活が原点かな」

 1943(昭和18)年、旧鹿児島高等商業学校(鹿児島国際大)在学中の学徒出陣で旧満州に出征。氷点下50度にもなる極寒の地で訓練に奔走した。終戦1年前には特攻隊が飛び立った都城東飛行場に配属され、出撃に向けて気象図を描く気象隊長となった。「いつ死ぬか分からない特攻隊員と同じ気持ちだった」と川﨑さん。死と隣り合わせの時代を生き抜いたからこそ、健康で生きることへの感謝の気持ちが強くなる。

 復員後、宮崎相互銀行(現宮崎太陽銀行)に就職。取引先との話題づくりからゴルフを始め、退職後から本格的にのめり込んだ。

 銀行OBのほか、大学同窓会では年2回のゴルフコンペを開催し、ゴルフを通して人とのつながりの輪を広げていった。孤立する高齢者が社会問題となっているが、自らが人を呼び込み、交流で健康を維持する理想的な老後を体現した生き方だ。コンペで同伴した大学の後輩(67)は「男性の健康寿命70歳より20年多く楽しんでいる。励みになる存在だ」と目標にしている。

 「ゴルフをできるのもあと5年でしょうか」。控えめな言葉が似合わない気骨なスイングは、ますます勢いを増しているように見えた。(報道部・井口健二)

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 その道にこだわり、夢を追い続け、地域や趣味の世界で大きな存在感を示す人たち。身近なレジェンド(伝説的な人)たちを紹介する。

【写真説明】日頃の健康管理で足腰を維持し、90歳ながら力強いスイングを見せる川﨑さん

(1)卒寿の現役ゴルファー 川﨑久行さん(90)=宮崎市2014年4月30日付
(2)へき地医療支える医師 黒木重三郎さん(84)=諸塚村2014年5月1日付
(3)美空ひばりさん歌まねで人気 安在浩さん(43)=高千穂町2014年5月2日付
(4)全国が注目する育種家 興梠信子さん(67)=五ケ瀬町2014年5月4日付
(5)中古部品使う“エコ発明家” 中村進市さん(73)=えびの市2014年5月5日付
(6)高校生プロ目指すサーファー 高橋秀平君(15)=日南市2014年5月6日付
(7)ラジオ番組パーソナリティー 甲斐裕三郎さん(61)=宮崎市2014年5月8日付

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