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つなぐ 宮崎コミュニティー再生考

【1】高千穂・秋元地区/外と交流し意識変化

2014年4月10日
 私の暮らす高千穂町の秋元地区は、過疎高齢化が顕著な山村集落だ。が、氏神様を祭る秋元神社には昔から、参詣者が全国各地から訪れるという不思議な土地柄でもある。

 神社境内には「神人総共同永代大志」と彫られた石碑が立つ。「神、人問わず全てのものが共に携え合い前向きに暮らせ」という意味だと理解している。私たちの先祖は、困難や窮状を支え合う精神を、夜神楽の中に位置づけるという美学を持っていた。

 地区人口は約40世帯120人で、6割が65歳以上の高齢者。主産業の林業は廃れ、兼業で田畑を維持しながら外で収入を得ている人が多い。持続可能な集落をどうつくるかが今の最大テーマだ。

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 秋元地区では1970年代に出稼ぎブームが起きて、働き手が都会に出て行き、夜神楽の継承が危機にひんした時期がある。ところが、80年代、一度都会に出た者が帰郷し、地区の20代の若者が20人くらいになった。結婚も相次ぎ、よその町や都会から嫁いできた嫁も増えた。

 それと軌を一にして若者たちがコミュニティー活動を活発に展開し始めた。若い男たちは「グリーン会」を立ち上げ、さまざまな余暇活動や地域づくりに取り組んだ。

 若い女性たちは婦人会とは一線を画した、「ルージュクラブ」と呼ぶ若妻会を結成、活動誌を定期発行する一方、福岡の博多の街づくりに携わるメンバーと交流した。

 地区の中には若者らのはしゃぎぶりをよく思わない人々がいたが、風評を受け流す忍耐を持続する中で、価値観の違いへの共通理解が進んだ。特に博多との交流は、「外と交流する価値が分かる」方向へと地区民の意識を誘導していった。

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 今や町全体の人口のパイが小さくなり、働く受け皿がなくなってきている。そんな中では、兼業しながら地域を支えることも、地域の自力再生も不可能だ。これからは「メシの糧(雇用)」をつくらないと持続可能な集落はできないが、それは、外の人たちとの連携がないと組み立てられない。地域づくりのヒントは外の人が持って来るからだ。

 その点、わが地区には、博多との交流のほか、インターンシップ受け入れ、宮崎大との交流協定締結などを通して、多様な関係性を受け入れる土壌ができてきた。

 秋元神社は近年、全国からの参詣者が際立って増え、その浄財で100年ぶりの神社建て替えも実現した。これに伴い、集落には無人販売所が2店開業、民宿が2軒できた。さらに古民家を利用した食堂が昨年8月オープンした。食堂は、地区の女性たち8人が当番制で運営し、地区のお年寄りの憩いの場にもなっている。また、Iターンした若者が神酒「どぶろく」を醸造し、新しい農村ビジネスを花開かせようとしている。

 外に開かれた前向きなコミュニティー意識こそが、地域社会の未来をひらく灯明になるのではないか。

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 買い物難民、孤独死、自殺、集落維持の危機…。地域は今、さまざまな困難な課題を抱えている。それを解決するにはコミュニティーの力を再生する必要がある。本企画では、県内で地域的課題克服へ向け、「人と人をつなぐ」ことに知恵を絞る地域のリーダーたちの寄稿を連載する。(第2木曜日に掲載)

 【執筆者】飯干淳志(いいぼし・あつし)1954年、高千穂町生まれ。54歳で町役場を退職。同町で民宿「まろうど」を始める。2011年10月、どぶろく醸造免許を取得。59歳。
 


【写真】急峻(きゅうしゅん)な山の麓に点在する秋元地区の民家。谷川では今もカワノリが採れるという

(1)高千穂・秋元地区2014年4月10日付
(2)都農・都農ふれあいの居場所2014年5月8日付
(3)小林・茶飲ん場2014年6月12日付
(4)宮崎・生目台地域協議会2014年7月10日付
(5)串間・話し相手ボランティア連絡会2014年8月14日付
(6)美郷町南郷・渡川ONE2014年9月11日付
(7)木城町中之又・山村留学2014年10月9日付
(8)都城市・御池町2014年11月13日付
(9)日南市・酒谷地区村おこし推進協2014年12月11日付
(10)宮崎市・たかおかチャレンジ倶楽部2015年1月8日付
(11)日之影町・集落支援員2015年2月12日付
(12)宮崎市・NPO法人代表理事2015年3月12日付

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