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第2部 プレイバック日本一(上)執念

2012年7月25日
■貪欲に品質を底上げ
 第9回全国和牛能力共進会(鳥取)の本県代表牛1次選考を1カ月後に控えた2007年5月。「申し訳ないが、ここまで」。4区代表の最有力とみられていた高千穂チームの4頭のうち2頭に、戦力外通告がなされた。

 種牛(しゅぎゅう)(種雄牛と繁殖雌牛)の新部門として第9回大会に設けられた4区は、同じ地域で育った同じ系統雌牛4頭を一組にして審査。体格や品位など特長にばらつきがないか「斉一性」が勝負を分ける。

 新たな2頭は、代表牛を選抜する全国和牛登録協会県支部が品評会などで掘り起こした。「この2頭が加われば、ぴたりとそろう」。前年開催の「県出品対策共進会」を制し、完成度が高まっていた高千穂チームを解体してまでも、貪欲に底上げを目指した。

 同支部の長友明博業務部長は「生産者の懸命な姿も全共への思いも知っていた」。それでも土壇場で半数を入れ替えたのは、「日本一」を全力で取りにいく同支部の執念を象徴した。

 決断は吉と出た。4区は優等首席を獲得した上、日本一の称号が付与される内閣総理大臣賞も手にする。

   ◇    ◇

 県勢は第8回全共まで、4区のような種牛の複数頭で競う区分で首席はゼロ。生きた複数牛の体のそろいや体調管理、調教技術などに課題を残していた。内閣総理大臣賞は一般に種牛、肉牛部のそれぞれ群出品区の首席から一つずつ選ばれる。弱点の克服なしに完全勝利の頂には届かない。

 そこで、種牛を複数出品する4?6区に特化して06年に創設したのが県出品対策共進会。5年に1回、全共の1年前に開くので「プレ全共」と呼ばれ、本番さながらの緊張感の中、出品者・牛のレベルを引き上げ、意識向上につなげた。

 ここで斉一性の素地を築いた4区・高千穂チームの林秋広さん(59)は「全共に関わる多くの人々の情熱が分かっていたから、入れ替えも受け入れられた。最高の状態で送り出すための準備、妥協を許さない姿勢が日本一の源だった」。

   ◇    ◇

 第9回大会は肉牛の部8区(若雄後代検定牛群)も首席と内閣総理大臣賞をセットで受賞。念願の種牛・肉牛両方での同時日本一に輝いた。残り7区分も5区分で首席をさらう。現地での細かで入念なバックアップも大きかった。

 鳥取までの移動中はストレスを軽減する薬を餌に混ぜた。到着後は、車で毎日片道40分かけて名峰・大山麓まで伏流水をくみに行き、牛の飲み水に充てた。

 3区(若雌、17?20カ月未満)で首席を取った一万田七郎さん(71)=国富町=は「牛の体調、餌の食いがすこぶる良かった。勝つための手だては、それは徹底していた」と舌を巻く。

   ×    ×

 第10回全共(10月25?29日・長崎県)で日本一連覇が懸かる県勢。第2部では頂点を極めるまでの軌跡と、日本一がもたらした効果・変化などを振り返る。

【写真】数々の対策や関係者の執念が実を結び、内閣総理大臣賞に輝いた4区高千穂チーム=2007年10月、鳥取県米子市(全国和牛登録協会県支部提供)

第2部 プレイバック日本一(上)執 念2012年7月25日付
第2部 プレイバック日本一(中)刺 激2012年7月26日付
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