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延岡学園 準優勝の軌跡

輝け延学(上)勝利への原動力 マネジャー 牧野直美さん

2013年8月9日
■亡き友の夢胸に献身

 初めは見習い扱いだった。監督からは相手にされず、部内の人間関係に悩む時期もあった。親には「辞めなさい」と反対されていた。それでも、続けていく理由があった。

 延岡学園高3年の野球部マネジャー、牧野直美さん(17)。中3の夏、当時付き合っていた甲子園を夢見る友人を不慮の事故で亡くした。野球を見るのも嫌になっていたが、高校入学後に野球部の練習を見て考えが変わった。「彼の夢を(代わりに)かなえよう」。誓いを立て、野球部のマネジャーを志願。しかし、監督の方針もあって部員としては認めてもらえなかった。

 「あの子は勝手にグラウンドに顔を出して雑用をしていた」と振り返る母の俊江さん(60)。家に帰り着くのは午後9時、遅い時は10時を超えた。自転車通学のため「夜道は危ないから辞めなさい」という俊江さんの反対を押し切り、休日や夏休みも毎日部活に顔を出し続けた。

 部員として迎えられたのは1年生の12月ごろ。監督との距離感や部内での疎外感などの悩みがすぐに解消されることはなかったが、「自分がしっかりしていれば選手は野球に集中できる」と努力は怠らなかった。部室の掃除や練習着の洗濯、飲料水の準備…。冬はベースを洗う作業で手が霜焼けになった。保護者らに出すコーヒーは豆選びからこだわった。自分にできることを見つけて、専念した。

 ある日、帰宅するなり「監督から(練習で寒くないようにと)冬用のジャージをもらった」と俊江さんに知らせた。その喜びように、俊江さんは「やっと監督に認めてもらえたのだ」と感じたという。選手には思ったことを何でも言えるようになっていた。俊江さんも、いつしか夢を応援してくれていた。

 そして延岡学園ナインは3年ぶり7回目の甲子園出場を決める。

 濱田晋太朗選手=3年=の母由美さん(45)は「細かな気配りができて、てきぱき動ける牧野さんの存在が、みんなの安心につながっていた。つらいこともあっただろうけど、よく辞めずに続けてくれた」と感謝。その献身をねぎらうように、県大会決勝のウイニングボールは牧野さんが受け取った。亡くなった友人の父親が会いに来て「ありがとう」と泣いて喜んでくれた。

 選手と一緒に3日、大阪入りした牧野さん。チーム練習で初めて訪れた甲子園球場で、「やっと来たよ」と亡き友人に心の中で語り掛けた。「連れてきてくれた選手たちに感謝している。チームが全力プレーできるように私も全力でサポートする」と誓った。

×   ×

 12日に初戦を迎える延岡学園高野球部。その原動力やチームに注がれる熱い思いを関係者の声とともに紹介する。

【写真】練習の合間に選手たちに飲み物を配る牧野直美さん(右)

輝け延学(上)勝利への原動力 マネジャー 牧野直美さん2013年8月9日付
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