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カウントダウン東九州道 延岡-宮崎開通へ

【1】整備要望 苦闘の歴史

2013年11月10日
■日向-都農 完成へ着々

 県発展の要として待望されてきた東九州自動車道の延岡-宮崎は、本年度中にも開通の瞬間を迎える。本県を含む沿線4県などでつくる東九州自動車道建設促進協議会が設立され、国への整備要望活動に乗り出してから実に47年。政治や国の財政状況に翻弄(ほんろう)されながらも地道に、粘り強く活動してきた関係者らの苦闘の歴史がある。残された区間は日向-都農の20キロ。いま、道、橋、トンネルは目に見えて形を成しており、ゴールへのカウントダウンは始まっている。

 「最後の区間。頑張ってるね」「早く造ってね」。NEXCO西日本延岡高速道路事務所工務課長の山本敏彦(50)は、日向-都農について、県民から声を掛けられることが多くなった。同区間は、日向市財光寺を起点に都農町川北までを結ぶ。1989年2月に基本計画が決定し、98年12月に施行命令。翌年3月にくい打ち式が行われ、2009年3月に工事が始まった。

 13年4月末現在、日向-都農の工事進捗(しんちょく)率は68%(事業費ベース)。区間にはトンネル6カ所(延べ3.9キロ)、橋梁(きょうりょう)14本(同4.2キロ)を抱え、その割合は全延長のほぼ半分にもなる。トンネルは全て完成。橋梁は日向インターチェンジ近くの赤岩川橋など5本が完成し、残すところあと9本となった。

◇     ◇

 かつて元知事の故松形祐尭は事あるごとに「県土の均衡ある発展」を強調していた。そのためには県北と県都を結ぶ東九州道の早期着工は、産業にも観光にも不可欠。しかし、関係者の切望とは裏腹に整備への環境づくりは遅々として進まなかった。

 延岡から宮崎まで車で片道2時間以上。高速道がつながれば約1時間に短縮することになる。工事着手が見えてくる整備計画格上げは当時の県高速道対策局にとって最優先事項だった。1987(昭和62)年、延岡-宮崎は国の予定路線に追加。だが、主要区間の門川-西都(59キロ)の整備計画格上げは待たされ、つち音はその後10年も聞こえない。

 96年4月、県高速道対策局長=当時=に着任した佐々木勝朗(69)は松形の意をくみ、「延岡から宮崎が開通しなければ県の発展はない」と、褌(ふんどし)を締めてかかった。同年7月、昇格の条件整備となる都市計画決定に向けた門川-西都の地元説明会を行う。佐々木ら県職員はわずか10日間で14地区を回った。国や日本道路公団などへの陳情も半年で20回を超えるほど多忙を極めた。

 その年の暮れ、待ち望んだ整備計画格上げのニュースが舞い込む。後日、佐々木の自宅に電話がかかった。「松形だけど」。公舎に呼ばれ焼酎を酌み交わし喜びを分かちあった。待ち続けた昇格の日を振り返り、松形が言った。「人生で一番うれしい日だ」

◇     ◇

 トンネルや橋梁以外で日向-都農は今後、舗装工事や電気系統の施設工事に取り掛かる。5月17日には、舗装用アスファルトを製造する大型プラントの火入れ式も予定。

 「レーンが引かれ、ガードレールができ標識が立つ。できあがるまで日々変化があるこれからが面白い」。NEXCO西日本の山本は目を輝かせた。
=敬称略=


【写真】工事が進む日向インターチェンジ付近。奥に見えるのが、都農に至る赤岩川橋

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