県勢8人メダルに挑む

(2004年8月3日)

 アテネ五輪に出場する本県出身・関係の日本代表は5競技8人。日本勢として最も活躍が期待される柔道には、日本選手団主将で男子100キロ級の連覇を狙う井上康生(綜合警備保障、宮崎市出身)と、内柴正人、高松正裕、塘内将彦の旭化成トリオの計4人が出場。競泳男子の松田丈志(中京大・東海SC、延岡市出身)と陸上男子長距離の大野龍二(旭化成)は、代表の座を勝ち取った伸び盛りの若い力で世界に挑む。バスケットボール女子の楠田香穂里(JOMO、川南町出身)と野球の木村拓也(広島、田野町出身)は代表チームの一員としてメダルを目指す。

 1896年の第1回大会以来、108年ぶりに「生誕の地」ギリシャに戻って開かれるスポーツの祭典。“熱い夏”をさらに熱くする県勢8人を紹介する。

◆宮崎出身の4選手◆

■井上康生(柔道男子100キロ級) 世界王者さらに成長

井上康生 4年前のシドニー大会。全試合一本勝ちの強さに日本中が興奮し、表彰台の真ん中で母の遺影を笑顔で掲げる彼の姿に感動した。柔道男子100キロ級で2連覇を目指す井上康生。7月初旬の長野県合宿。4年前と26歳になった今のどちらが強いか、との問いに世界王者は「今の方が強い」と答えた。「あれからさまざまな経験を積み精神的にも成長、技も進化している」

 得意の「内また」が鋭く光ったシドニー。それが3連覇した昨年の大阪の世界選手権は「背負い投げ」「内また」「送り襟絞め」「払巻き込み」と、すべて違う技で一本勝ち。圧倒的な強さを見せつけた井上の言葉にうそはない。

 その強者がアテネを前に、初めて世界の頂点に立ったバーミンガム世界選手権(99年)とシドニー五輪のビデオを繰り返し見ているという。「技を返されてもいい。無心で戦っていた」というバーミンガム。世界王者として臨んだシドニーは「自分で見ていても横着なぐらい体から自信がみなぎっている。おれが一番強いんだというオーラが出ていた。ああいう自信はいいものです」。

 五輪イヤーの今年、王者は苦しんだ。最初の代表選考会だった4月の選抜体重別は、左ひざのけがに耐え優勝。しかし、全日本選手権はライバル鈴木桂治(平成管財)に決勝で惜敗。試合後、不思議に落ち着いて見えた井上だったが、「悔しさは何十倍も、何百倍も持っている」「一つ気が緩んだら泣くかもしれない」と心情を打ち明けた。

 悔しいからこそ、次は絶対に勝つ。戦い続ける者が持つそんなシンプルな思い。バーミンガムの前、スランプにあえいでいた息子に亡き母が送った言葉と同じ「初心」を、井上は2度目の五輪を前に再び呼び起こそうとしているようだ。

 井上には夢がある。世界選手権での100キロ級、無差別級の2階級制覇。その夢に挑戦するためにも、アテネでは負けられない。

 「シドニーで感じたあの喜びと感動をもう一度みなさんと味わいたい」。井上が目指すもの。それは金メダル。ただ一つだ。

■松田丈志(競泳男子3種目) 今季世界3位の実力

松田丈志 「メダルが取りたい」。20歳の若武者は初の大舞台へ闘志を燃やす。競泳男子の松田丈志。五輪切符をつかんだ二百メートルバタフライは、世界記録保持者のフェルプス(米国)、コルゼニオフスキ(ポーランド)に次ぎ、今季世界ランク3位。日本競泳陣の中でもメダル有力候補の一人だ。

 代表選考会の日本選手権はバタフライと自由形の四百メートル、千五百メートルで快勝。千五百メートルは予選で日本新(15分9秒52)、決勝はバタフライ決勝の1時間後という超過密スケジュールをクリアして頂点に。驚異のスタミナとパワーに「鉄人」と称賛を浴びた。

 選手権後は四百メートルで日本新(3分48秒81)。アテネのシミュレーションとなった欧州グランプリは2大会で4種目制覇。伸び盛りの勢いは止まりそうもない。

 松田の原点は延岡市の東海中にある25メートルプール。クラブ生の保護者らが資金を出し合ってビニールを張った小さなプールで、松田は4歳から指導を受ける久世由美子コーチとの二人三脚でコツコツと努力を重ね力をつけた。

 中京大に進学した今も月に10日はこのプールで泳ぐ。天井のビニールは所々破れ、夏は蒸し暑い。冬は寒風が吹き込む。それでも「ここは僕のホームグラウンドで、一番落ち着く場所」。故郷のこの小さなプールを誇りに思っている。

 バタフライのほか、自由形四百メートルと千五百メートルに出場。自由形長距離が本職の松田にとって、自由形でもエントリーできたのは追い風。スケジュールも余裕がある。日本選手権のように1日に3レースを泳ぐことはない。競技初日(14日)の四百メートル自由形では決勝進出を目指し、バタフライでメダル、千五百メートルは日本人初の14分台を狙う。

 松田は4年後の北京、さらにその先の五輪まで見据えている。そのためにもアテネでは結果が欲しい。「自分を見失わず、普段の力を出せたらいい」と久世コーチ。「本番はやってきた力を出し切るだけ」と松田。師弟の心に気負いはない。

■木村拓也(野球) 内外野をこなす「スーパーサブ」

木村拓也 初めて選手24人をプロで固めた野球の日本代表。木村拓也には、内外野すべてのポジションをこなせる「スーパーサブ」としての期待が懸かる。

 32歳。宮崎南高から1991年にドラフト外で日本ハムに入団し、95年から広島へ。プロ14年目の今季はスタメン出場が少なく、アジア予選も出番はなかった。選出には少し複雑な思いもあるようだが、「予選を経験して、気持ちの持っていき方は分かる。チャンスがあれば、試合に出たい」と意気込みを語る。

 7月16日の横浜戦で通算1000試合出場を達成。九回に代打で2ランホームランを放ち、持ち味の勝負強さを見せた。

 本県出身プロの野球五輪代表は、前回シドニー大会の黒木知宏(ロッテ、延岡学園高)と田中幸雄(日本ハム、都城高)に続き3人目。

 シドニーでは4位となり、初めてメダルを逃した日本代表。史上最強と呼ばれる今回のプロ軍団には、20年ぶりの金メダル獲得が期待される。3月に脳梗塞(こうそく)で倒れ、リハビリ中の長嶋茂雄監督はアテネ行きを断念したが、「For the Flag」を合言葉に、プロの意地でアテネの空に日の丸を掲げる。

■楠田香穂里(バスケットボール女子) “最後の舞台”輝く

楠田香穂里 女子バスケットボール日本代表の楠田香穂里は五輪を最後に第一線を退く。「五輪発祥の地でプレーできる喜びを表現して、なおかつメダルも取りたい」。抜群のスピードとシュート力で日本代表の司令塔を務めてきた30歳の名ガードは、最後の戦いの舞台へと向かう思いをそう語った。

 バスケットボールを始めた川南町の唐瀬原中時代から輝きを放っていた。中学2年春の九州大会初戦で53点を一人で取ったこともある。高校は名門・小林に進学。「先生に会わなかったら、今はない」と断言する北郷純一郎監督(現・延岡学園高監督)の指導でその才能をさらに開花させた。1年生で全国総体と全国選抜4強の原動力となり、全国選抜は優秀選手(5人)に選ばれた。

 1998年と2002年の世界選手権代表。日本代表には欠かせない存在だが、同時に度重なるけがに泣いた。社会人になってすぐ、右肩の脱臼で手術。同期とのポジション争いに出遅れ、代表入りまで6年かかった。絶頂期だった98年のアジア大会は予選リーグで右ひざを痛め緊急帰国。24年ぶりに金メダルを獲得した決勝のコートに立てなかった。そして今年1月の五輪出場を決めた試合は体調を崩し、ホテルで試合の行方を見守った。

 それだけに、今回の五輪出場を代表12人の中で一番喜んでいるという自負がある。ニックネームの“サン”にふさわしい、太陽のように輝く笑顔をアテネで見せてくれるだろう。

◆旭化成の4選手◆

■内柴正人(柔道男子66キロ級)動きの速さで勝負

 旭化成がアトランタ(中村佳央・行成・兼三)、シドニー(篠原信一、中村行成・兼三)に続き、3大会連続で3人の「日の丸戦士」を五輪に送り込む。

内柴正人 66キロ級の内柴正人は熊本県出身の26歳。国士舘高で全国総体チャンピオンになり、国士舘大に進むエリート街道を歩んできた。

 もともとは60キロ級の選手だが、減量に苦しみ昨年階級を上げた。これが運命を変えた。減量のつらさから解放され、柔道の楽しさを思い出した。国内外の大会で連勝し、4月の代表選考会を兼ねた選抜体重別で代表に内定。5月のアジア選手権で五輪出場を決めた。

 内柴は技の切れよりも組み手と動きの速さで勝負するタイプ。「同じリズムで違う技を出せれば相手も受け方に戸惑う。そこを狙いたい」と意気込む。6月25日には第1子となる長男・輝(ひかる)ちゃんが誕生。人一倍家族思いの人情家は、妻と子どものためにも活躍を誓う。


■高松正裕(柔道男子73キロ級)国際舞台強さ特別

高松正裕 73キロ級の高松正裕は埼玉県出身。桐蔭学園高から筑波大に進み、今春入社した社会人1年生。大学時代にフランス国際を連覇するなど国際大会にめっぽう強い。22歳と若いが“外国人キラー”の異名を持つ実力派だ。

 旭化成の中村佳央監督は高松の良さを「スピードがあり技が切れる。一本が取れ、見ている人を感激させる柔道ができる」と話し、金メダルを取って来年の世界選手権(エジプト)代表入りを期待する。

 引き手を持たない得意の一本背負いは、自らが「よく研究した」と語る、バルセロナ五輪金メダリストの古賀稔彦をほうふつさせる。「5分間攻め続けるのが自分の柔道」とスタミナにも自信を持ち、攻撃柔道でメダルを狙う。

■塘内将彦(柔道男子81キロ級)父の励ましで復活

塘内将彦 福岡県出身で81キロ代表の塘内将彦は27歳。大牟田高から内柴と同じ国士舘大に進んだ。99年には嘉納杯、フランス国際、オーストリア国際と優勝しバーミンガム世界選手権に出場。しかし初戦で敗れると、約5年間低迷した。

 そんな塘内を励ましたのが、父で柔道家の高志さん。病気で世界選手権の応援に行けなかった父親は、シドニー五輪後息子に送り続けた手紙に書いた。「アテネに連れて行ってくれ。それまでには自分も病気と闘って、体調を治す」

 父の言葉が塘内に強い決意を生んだ。選抜体重別は世界選手権代表の秋山成勲(平成管財)を準決勝で下し、決勝は得意の袖釣り込み腰でシドニー金メダリストの滝本誠(埼玉栄高職)に一本勝ちした。

 「大勢の人に応援してもらったのに世界選手権では負け悔しい思いをした。今回、また日本代表になれた。バーミンガムの借りを返したい」。新たな決意を胸にアテネの青畳に立つ。

■大野龍二(陸上男子1万メートル) 勢い止まらない新星

大野龍二 「シンデレラボーイ」。陸上男子一万メートルに出場する大野龍二に、まさにピッタリな言葉だ。

 鹿児島の鹿児島実高から入社して2年目の19歳。今年の3月中旬は貧血に苦しみ、4月に小林市であったチーム合宿は参加できなかった。それが5月の九州実業団一万メートルを28分29秒47の自己新で制して日本選手権(6月・鳥取)の出場資格を得ると、その選手権では27分59秒32のジュニア日本新で優勝。五輪参加標準記録Bを突破した。

 高岡寿成(カネボウ)、徳本一善(日清食品)、佐藤敦之(中国電力)といったビッグネームを押しのけ、残り200メートルから持ち味のスパートでゴール。宗猛監督を「久々に興奮した。震えがくるようなレースだった」と喜ばせ、マラソン代表を逃し危ぶまれていた名門チームの五輪連続出場記録を8に伸ばした。

 トントン拍子で選考レースという階段を駆け上がった勢いは止まらなかった。6月下旬から北海道でのサーキットに途中参加。第2戦、五千メートル1位、13分39秒08=自己新▽第3戦、三千メートル1位、7分57秒58=ジュニア日本新▽第4戦、一万メートル1位、27分59秒72。日本選手権がフロックではないことを証明した。

 「楽しんで走っている」のが好調の原動力という大野。五輪では「いい経験を積めるように頑張る。世界のトップについて、自分の欠点も見つけたい」。まだ笑顔はあどけない。だが、しっかりと何かをつかみ取ってくるつもりだ。

[アテネ五輪特集トップ][miyanichi e-press]