アテネ五輪 宮崎の選手たち


(日付は掲載日)

■井上、連覇ならず 4回戦で敗退

2004年08月20日

敗者復活戦で敗れ、力なく引き揚げる井上康生 【アテネ19日共同】アテネ五輪第7日の十九日、柔道男子100キロ級で前回優勝の井上康生(綜合警備保障)が五輪連覇を逃した。

 井上は4回戦でエルコ・ファンデルヘースト(オランダ)に一本負けし、五輪と3連覇中の世界選手権を合わせた世界の大舞台で初黒星。続く敗者復活戦でも敗れ、メダルにも届かなかった。

 【井上康生選手の話】多くの人に注目されたのに、このような結果になって申し訳ない。やってきた過程は間違っていないと思う。この屈辱、悔しさはいまだかつて味わったことがない。これをプラスにしてはい上がっていこうと思う。(共同)

 【柔道男子・斉藤仁監督の話】これが五輪なのかな。気負いがあった。まだまだ強くなるために、神様が大きな試練を与えてくれたのだと思う。康生(井上)なら乗り越えられると思う。(共同)


■得意の内また不発 強引な攻め目立つ

 【アテネで本社運動部・久保野剛】驚きと失望の悲鳴が場内にこだました。柔道男子100キロ級で2連覇を狙った井上康生(綜合警備保障)が4回戦(準々決勝)でファンデルヘースト(オランダ)にまさかの一本負け。

 初戦から強引な攻めが目立った。組み手が不十分なままで、一本を狙いにいった。釣り手の使い方が定まらず、伝家の宝刀・内またにいつもの破壊力がない。送り襟絞めで勝ったが、この試合から井上の心は乱れ始めていたのかもしれない。

 王者を徹底研究してきたライバルたち。左胸を反らし、掛け逃げすれすれの巴投げで井上の攻撃を封じた。本来の井上ならば試合の中で対応できたはずだが、2回戦のコバチ(ハンガリー)戦や準々決勝でも復調の兆しはなかった。「頭にはあったこと。十分に分かっていた。だけど対応できなかった」

 アテネ入り後の調整は万全。打ち込みでは今までにない切れを見せていた。連覇への準備は万端だった。3回戦。右手がしびれ一度試合を止めたが問題はなかった。

 敗者復活戦も大内返しを食らい再び一本負け。斉藤仁監督は「これがオリンピックの怖さなのかな。2度目の康生でも自分をコントロールできない。神様が本当に大きな試練を康生に与えたのかもしれない」。日本柔道界のエースの真価が問われるのはこれからだ。

■沈む王者「初めての屈辱」

 【アテネで本社運動部・久保野剛】まさか、「金メダルに最も近い男」が―。十九日に行われたアテネ五輪柔道男子100キロ級で本県出身の井上康生選手(26)=綜合警備保障=が2連覇を逃した。一九九九年以来、世界選手権と五輪で続いていた連勝記録も24で止まった。若さと勢いで金を取ったシドニー大会から4年。押しも押されぬ世界王者が青畳にたたきつけられる衝撃的なシーンに、会場はどよめく。県内から詰め掛けた応援団に失望と悲鳴が交錯した。

 「敗れたことよりも、自分の柔道が全くできていない。負けて当然」。井上選手の父で最初の柔道の師でもある明さん(57)は言葉に怒りをにじませた。「仕上がりも非常にいいと聞いていたので、どんな柔道を見せてくれるのか楽しみにしていたのに」

 鈴木桂治選手(平成管財)に決勝で敗れた四月末の全日本選手権。「もう一度きょうの悔しさをバネに、シドニー同様、最高の場所で最高のパフォーマンス、最高の柔道がしたい」と、大会終了後に開かれた代表決定の記者会見で、井上選手は抱負を語った。

 その3週間前。代表内定を勝ち取った選抜体重別選手権。直前には左ひざに大けがを負い、さらに右腕も上がらなくなるアクシデントが起きた。

 しかし、兄・智和選手(警視庁)が準決勝でライバルの鈴木選手に一本勝ちする一世一代の“援護射撃”をやってのけ、井上選手自身も「何があっても勝ちたい気持ち」で厳しい戦いを乗り越えた。

 昨年、大阪で世界選手権3連覇。世界に敵は見当たらなかった。しかし、全日本での一つの敗戦が最強の名をほしいままにしてきた柔道家の闘志に再び火をつけた。

 「僕が本物のチャンピオンになるのが今回(アテネ)」。日本選手団の主将に選ばれた栄誉と重圧も自らの力にした。

 井上選手は「多くの人に注目してもらい、日本の皆さんの声援があった中でこんな結果になり残念」と開口一番、多くの人に向けてわびた。そして「この屈辱はいまだかつて味わったことがない。これをプラスに本当にはい上がって行きたい」と再起を誓った。

■真価問われる大会で敗北 「井上も人の子」

 信じられない光景が広がった。日本柔道界のエース、男子100キロ級で五輪連覇を狙った井上康生(26)=綜合警備保障=がよもやの敗戦。金メダルに最も近いと思われた存在が、メダルにさえ手が届かなかった。快進撃に沸く日本の柔道関係者は、一様に表情をこわばらせた。

 「相手を崩していない。それなのになぜ技をかけるのか」「勝負してこない相手にリズムを狂わされた」。強化担当者が、それぞれ分析した敗因の中に共通したセリフがあった。それは「重圧に耐えられず、精神的なバランスを崩したのでは」だった。

 井上の弱点に気が付いていた関係者もいる。恩師の山下泰裕・男子強化部長だ。「井上も人の子」とよく話し、日本柔道界を背負うには精神面にもろさがあることを指摘していた。父親の明さんもよく話していた。「技術的には世界一。残るはメンタルの部分。勝つことを期待されるなか、5年、6年と人間が耐えられるものなのか」

 警察官だった父親の影響で4歳から柔道を始めた。抜群のセンスで世代ごとの大会で実績を残し、世界の頂点に上り詰めた。対戦相手が、分かっていても投げられてしまう必殺の「内また」は、高校、大学で英才教育を受け、その切れ味を増していった。常に一本勝ちを狙う正統派のスタイルは、まさに理想の柔道家そのものだった。

 女子48キロ級で金メダルを獲得した谷亮子と違い、無敗を誇る王者というタイプではない。ライバルとして頭角を現した鈴木桂治には、昨年の全日本選抜体重別選手権、四月の全日本選手権などで屈している。

 「勝ち続けることにあまり興味はない」と口にするなど、恩師の山下氏ら日本柔道史に名を刻む猛者とは一線を画するところがあった。

 もちろん、アテネは別格の舞台。明さんは「シドニーは、母親を亡くしたことがバネになったり、最初の五輪ということで勢いがあった」とみて「真価が問われるのはアテネ」と話していた。本人も「世界中の選手からマークされるアテネが勝負」と自覚していた。

 それだけに「こんな屈辱は味わったことがない」と打ちのめされている。斉藤仁・日本男子監督は「神様がもっと強くなれ、と与えた試練」と前向きにとらえたが、井上がどうはい上がるか。日本柔道界を背負う存在にとっては、今後の競技人生を左右しかねない手痛い敗北となった。(共同=吉村英典)

■場内に悲鳴とどよめき 原点からやり直せと父

 【アテネ19日共同】世界最強ともいわれる男にいったい何が起こったのか。十九日、柔道の井上康生選手(26)が精彩なく4回戦で敗退した。場内に広がる悲鳴のような声とどよめき。「まさか、康生が」。柔道の師でもある父明さん(57)は信じられないといった様子で天を仰ぎ「原点からやり直せ」と厳しい言葉を吐いた。

 エースとしての気負いが空回りしていたのだろうか。井上選手は引き締まった表情だが、初戦から動きがさえない。

 普段は爆発的なパワーで相手を畳にたたきつける得意技の内また。しかしこの日は、不十分な体勢から強引に繰り返すばかりでなかなか決められない。4回戦でまさかの一本負け。敗者復活戦でも破れ、コーチに寄り添われてうつむいて会場を後にした。胸を張って歩く、いつもの王者の姿はそこにはなかった。

 長男の将明さん(31)とともに宮崎市から駆け付けた明さんは、5年前に亡くなった妻かず子さんの遺影を持って応援した。

 大きな試合の前には手紙を送る明さん。今回も便せん5枚に「日本柔道はすごい、康生の柔道はすごいと世界の人たちに感動を与えられるように」と記した。

 だが、ふがいない敗戦。明さんは表情をこわばらせながら「何だか疲れたような状態だった。大舞台でひとかけらも自分の柔道を出せない。柔道が嫌になったのならやめなさい。そうでなければ原点からやり直せと言いたい」と力なく語った。

 試合後、1時間ほどして報道陣の前に現れた井上選手は気持ちに整理をつけたのか、すっきりした表情。かえってそれが痛々しい。「こんな屈辱やつらさはかつて味わったことがない。これをプラスにしてはい上がっていこうと思う」。エースの華麗な復活を多くのファンが待ち望んでいるはずだ。

■王者に死角、まさかの惨敗 「勝って当たり前」の重圧

 不動の王者にも死角があった。畳に2度もたたきつけられた。「勝って当たり前」という重圧がかかった井上康生選手(26)が五輪2連覇を逃し、メダルすらつかめない惨敗に終わった。順風満帆に見えた柔道人生。だが、内面では自らの甘さやもろさと格闘していた。

 無残な姿ではいつくばっていた。六月中旬、福岡市の福岡大柔道場。全身がけいれんし嘔吐(おうと)も繰り返す。

 「おまえがここに来たいと言って来たんだろ。それなら、やれ」。竹刀を手にした高野裕光柔道部監督(44)が容赦ない言葉を浴びせる。井上選手はむっくりと起き上がると、無言で練習を再開した。

 フランス合宿から帰国した直後で体調は最悪だったが、それでも自ら進んで福岡大に向かった。シドニー五輪のときに担当コーチだった高野監督は「康生はケツをたたいてやらないと駄目なんだ」と手厳しい。

 本人は精神的な弱さを決して認めようとしないが、父の明さん(57)の見方も高野監督と同じだ。

 「末っ子で母親っ子。本質は甘ったれだ。自分でもそれが分かっているからこそ、あえて有無を言わせずに追い詰めてくれる人のところに向かったんだろう」と話す。

 シドニー五輪で金メダル。世界選手権は3連覇。世界の頂点に君臨する男には、周囲も遠慮が働く。「厳しいことを言ってくれる人はそういない」と今回、付き人も務めた兄の智和さん(28)。孤独な戦いだ。だからこそ、高野さんや、今でもビンタを飛ばす父に指導を仰ぐ。

 昨年、あるインタビューで頂点に立ち続ける谷亮子選手(28)について聞かれてこんなことを言った。「どういう精神構造なのかな。ゆっくり話を聞きたい。真剣にそう思う」

 けがが重なった今年春。弱音を吐かない男が、東海大大学院でともに研究に取り組んだ藤井良孝さん(26)に「つらいときもあるでしょ」と聞かれ「まあ、ありますけど」と思わず漏らした。しかし、すぐに「でも頑張ります」「大丈夫です」と自分に暗示をかけるように何度も繰り返した。

 「シドニーは若さと勢いで取った金。今回こそが康生の真価が問われる五輪」と話していた明さん。その言葉がいま重くのしかかっているに違いない。(アテネ共同=福島聡)

■応援団に衝撃

 スタンドに詰め掛けた応援団も言葉を失った。長兄・将明さん(31)は「一本負けを見たのはいつ以来でしょう。記憶にない。勝負の世界は厳しい」と驚いた。

 地元・宮崎から後援会関係者が約40人、所属する綜合警備保障からも約30人が応援に駆けつけた。そろいの法被に「必勝」とプリントされた鉢巻き。日の丸を大きく振って2度目の金メダルを信じた。

 しかし、準々決勝で一本負けを喫すると、ぼうぜんと立ちすくみ、泣きじゃくる女性の姿もあった。

■「重圧があった」

 宮崎市波島の宝屋ミートセンターには、井上康生選手が柔道の礎を磨いた静充館柔道場のOBら約40人が集まった。

 十五日に亡くなった同館の元館長荒川幸一さん=高鍋町=の遺影を前に、長男で宮崎日大高柔道部監督の幸徳さん(43)は「勝って当たり前と思われ、相当な重圧があったのではないか。初戦から動きがおかしかった」とかばった。後輩たちも沈痛な表情だった。

■「動き違う」体調を心配

 宮崎市の井上康生選手の実家では、昨年発足した「井上康生君を励ます会」のメンバー約20人がテレビ観戦しながら声援を送った。

 井上選手の父明さんの後輩で同会事務局員の田平正蔵さん(51)は、しんみりと「いつもの攻撃柔道ではなかった」。井上選手を幼少のころから見てきただけに「いつもと動きが違った。どこか体調が悪かったかも。あんなに投げ飛ばされた康生は見たことがない」。

 それでも「今はゆっくり休んでほしい。あの子は井上康生。また復活してくれるはず。静かに見守りたい」と、再び“強い康生”が青畳に帰ってくることを期待した。

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