日光に照らし出された下松尾の棚田。深い緑とのコントラストが美しい景色をつくり出す

濃緑の山肌浮かぶ黄金色

 深い谷に日光が差し込むと、濃緑の山肌に棚田や点在する家々が浮かび上がる。緩やかな山の斜面に、150枚ほどの水田が折り重なるように並ぶ椎葉村下松尾地区。山深い集落を向かいの峠から見下ろすと、掛け干しされた稲や黄金色に輝く稲穂が揺れる光景を一望できる。

 かつて焼き畑農業が盛んだった同地区は、主にソバが栽培されていたが、約150年前の江戸時代末期、庄屋が中心となって約4キロにも及ぶ水路を開拓。開田が進み、棚田が形成されていった。現在も水路からの豊かな水が稲作を支え、村有数の米どころとなっている。

 10月初旬、入り組んだあぜ道を縫うように下って行くと、農家が収穫作業に追われていた。松岡今朝男さん(80)も、稲刈りを終えたばかりの田んぼで、家族総出の脱穀作業。ヒノヒカリ、もち米、香り米を栽培し、「今年は例年以上の出来やね」とたわわに実った稲穂を眺め、笑みを浮かべた。収穫した米はほとんどが自家用。それ以外も出荷せずに地域の人や親戚に配るという。

 キラキラと輝く水田や青々とした稲、雪景色…。季節ごとに表情を変える棚田の光景を写真に収めようと、近年はアマチュアカメラマンの姿も見かけるようになった。「仙人の棚田」「椎葉のマチュピチュ」と呼ばれるようになり、椎葉の新たな観光資源としても注目される。

 同地区の麓には松尾小学校があり、子どもや若い世代の姿も見掛ける。しかし、棚田を守り続ける稲作農家14戸は多くが高齢者で後継者不足も課題になっている。それでも、農繁期には、村外に出た息子や娘が手伝いに帰って来るなど、ほんの少し活気が戻る。

 昭和40年代に集落内に道路網が整備されてからは、急速に農作業の機械化が進んだ。効率化を図ろうと田を広くしたり山を崩したりと、棚田も少しずつ姿を変えてきた。「小さい頃から慣れ親しんだ景色。いつ見ても癒やされる」と松岡さん。地域で築き、受け継がれてきた光景を眺めながら、そうつぶやいた。

【メモ】 8年前の椎葉村観光協会主催のフォトコンテストで取り上げられたことや、松岡さんのブログ「椎葉山仙人」から注目を浴びた下松尾の棚田。国道327号にある大イチョウトンネルを西に抜け、車で30分ほど山道を走ったところに村がおととし展望台を設置した。県内外からカメラ愛好家や旅行者が訪れるようになっている。