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大病に負けず、新たな挑戦 元ランナー

2016年2月9日掲載

腕の動きを確認する田島英里佳さん=宮崎市のシェラトン・グランデ・オーシャンリゾート

 突然の大病にも負けず、新たな目標を見つけ前向きに生きる女性がいる。駅伝で全国大会出場経験もある宮崎市の会社員、田島英里佳さん(20)は、腫瘍を取り除くため骨盤の一部を切除、身体障害者となり以前のように走ることができなくなった。「高校でも全国大会に行く」という夢を絶たれたものの、新たに水泳に挑戦。つらい境遇に立ち向かう気持ちの根底には「同じように苦しんでいる人に、少しでも勇気を与えることができれば」という強い思いがある。

 病魔が英里佳さんを襲ったのは、宮崎日大高2年時の2011年夏。所属していた駅伝部の合宿中、右足付け根に違和感を覚えた。次第に患部が腫れて痛みが増し、眠れないほどに。入院や検査を重ねた末、医師から悪性の腫瘍「ユーイング肉腫」と病名を告げられた。

 福岡市の国立病院機構九州がんセンターに転院。腫瘍のある骨盤や周囲の組織も含め広範囲にわたり切除する事が、再発のリスクが最も低いと、説明を受けた。だが骨盤を取り除く分、右脚の長さは5センチほど短くなる。大淀中時代に全国中学駅伝大会にも出場し、高校でも都大路(全国大会)を目指し練習に励んでいたが、これで走れなくなる-。入院中、英里佳さんの前ではいつも明るく振る舞っていた母康子さん(45)もこの時ばかりは「何で走って頑張っている子の足を取らなければいけないのか」と、1人で涙した。

 9時間にわたる大手術を乗り越えた英里佳さん。その後の闘病生活を「生き地獄みたいだった」と振り返る。抗がん剤投与により、頭痛や吐き気も繰り返される。取り乱し、親にも何度もあたった。だがセンターには幼くして小児がんを患い闘病している子どもたちが何人もいた。入院中仲良くなったその子たちが亡くなる厳しい現実にも直面。「生きているだけで幸せなんだ。頑張らないといけない」と、つらいリハビリもやり通した。

 退院後に始めた水泳は、続けるうち「もっと本気で練習したい」と意欲が増した。昨年5月、障害者水泳のコーチも務める川越美希さん(43)=シーガイア=に指導を受け始めた。最初はやっと25メートルを泳げる程度だったが「体力もありのみ込みも早い」(川越さん)と、めきめき上達。英里佳さんも「きついけれど、努力した分だけ結果が出るので、陸上と同じくらい楽しさも感じる」とのめり込んだ。

 現在、仕事をしながら6月の九州障害者選手権に出場するため、週に数回練習に励む。長時間座る事ができないなど、生活する上で苦労したり、周囲から誤解を受ける事も多い。それでも病気になった事で「命の大切さを感じ、小さな事が気にならなくなった」と前向きに生きる。本格的に競技を始め1年未満。今は実感すら湧かないが「いつかはパラリンピックも目指せるようになれれば」と、大きな夢も描いている。