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「最後のキャリアささげる」 外科医・桐村さん

2017年1月31日掲載

村民の診察に当たる桐村さん。「医師としての最後のキャリアを諸塚で終える」と話す=諸塚村・諸塚診療所

 村民の健康を守っていきたい-。外科医として県内外の医療機関に勤務経験を持つ桐村泰廣さん(60)が諸塚村に住み、諸塚診療所の“定着医”として診療を始めている。20年勤めた医療機関を辞めたのを機に一念発起、「違う形で社会貢献しよう」と医師としての最後のキャリアを地域医療にささげることを決めた。

 桐村さんは京都市出身。大阪医科大を卒業後、奈良県立医科大心臓血管外科の研究生となり、その後、消化器系の外科医として鹿児島や大阪で主に救急医療に従事した。宮崎と縁ができたのは1995年。知人の医師が宮崎市内で開業した病院に勤務したのがきっかけ。96年からは日南市内の病院で約20年間にわたって院長を務めた。

 昨年、その病院を退職。次の勤務先を探す中で「これまでと違う形で社会貢献したい」と考え、県医療薬務課を訪問。「宮崎のために何でもする。病院を紹介してほしい」と相談した。その後、昨年10月に諸塚診療所を見学したところ、「スタッフが明るく、施設の印象も良かった」ことから、その日のうちに「ここで働きたい」と伝えた。

 村内の医療機関は同診療所だけで、桐村さんが勤務を始めた1月以降は3人体制で診療。それまでは、県からの派遣医と、同村の地域医療を20年以上支えてきた黒木重三郎副所長の2人で、外来や在宅医療を何とか維持してきた。

 ただ、県からの派遣医は原則1年交代で毎年確保できるかどうか分からず、黒木副所長も86歳と高齢。このため定着医の確保は喫緊の課題となっており、同診療所の佐藤智文事務長は「定着医がいることで、安定して医療が提供できる」と語る。

 「定年は65歳だが、黒木先生のように20年は頑張りたい」と桐村さん。「諸塚は高齢化も進み、診療所に来たくても来られない人もおり、訪問診療も継続したい。地域の人たちがどんな医療を望んでいるかを把握し、村民といつでも医療的につながっている状態をつくっていきたい」と見据える。