「テキ」平らげて 夕食にステーキ
【8月16日掲載】
【本社取材班】ステーキ食べて次のテキ(敵)も平らげて―。初戦を突破した日南学園ナインが宿泊するホテルNCB(大阪市)は15日、勝利を祝い、次戦への英気を養ってもらおうと、夕食にステーキを振る舞った。
190グラムのサーロインステーキを選手ら40人分用意。ほとんどの食事をホテル3階の食堂で取り、夜間の外出もできない選手たちに気分転換してもらおうと、“晩さん”会場には見晴らしのいい最上31階の会議室が開放された。
選手たちはステーキをあっという間に食べ終え、地上133メートルからの夜景を満喫。三塁コーチの3年山滝翔太君(17)は「ステーキもおいしく、景色もきれいで最高の気分。おかげでリフレッシュできた」と笑顔。ホテル側の心遣いに感謝していた。
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選手と一緒に戦う 応援団250人出発
【8月14日掲載】
待ちに待った甲子園―。日南学園高の生徒らでつくる応援団が13日、バス8台で日南市の同校などから出発した。吹奏楽部やチアリーダー、一般生徒に教師らを加えた総勢250人。14日の第一試合で桐光学園(神奈川)と対戦する野球部の選手たちに、アルプススタンドから熱い声援を送る。
同校体育館であった出発式で、学校に残る藤原昭悟校長が「選手たちと一体となった素晴らしい応援を期待します」と激励。連日猛練習を続けてきた吹奏楽部や応援部の生徒たちは楽器や応援用の道具をバスに積み込み、元気に乗り込んだ。3年の市元優成君(17)は「バスの旅で疲れるだろうが、選手たちと一緒に熱くなって戦いたい」と気を引き締めていた。
体育館前から6台が出発したほか、残っていた野球部員33人が同市東弁分乙の野球部練習場から出発。同学園分校の宮崎穎学館(宮崎市田野町)からも生徒ら25人が甲子園に向かった。一行は14日午前6時半に甲子園に到着する予定。
◇ ◇
宮崎日日新聞ホームぺージで日南学園への応援メッセージを受け付けています。
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「うどまかせ甲子園」 住民が手作り応援看板
【8月12日掲載】
日南学園高野球部練習場と選手寮がある日南市神田地区の住民でつくる同学園野球部神田協力会(日高長次会長、約20人)は、練習場近くの空き地に同部を応援するための手作り看板を設置している。
看板は寺原隼人投手(現横浜ベイスターズ)らが全国高校野球選手権大会で八強入りした2001年から、同部が甲子園に出場するたびに設置。日南弁で「うどまかせ(やっつけろ)甲子園」と大きく書かれている。試合当日はスコアも表示し、同校が勝ち抜くたびに書き換えるという。
同協力会は、県外から親元を離れて頑張っている選手たちを励まそうと1999年に発足。練習場を行き帰りする選手に、声を掛けるなどして温かく見守っている。
会員のうち日高会長ら数人は、初戦当日に甲子園へ応援に駆けつける予定。日高会長は「選手たちには、寺原君の代のベスト8を上回る成績を残してほしい」と期待している。
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振り付けなど応援最終確認 一般生徒と合同練習
【8月11日掲載】
日南市の日南学園高で10日、甲子園本番前最後の合同応援練習があった。応援部員や主力メンバー以外の野球部員ら約120人のほか、初戦を観戦予定の一般生徒約90人も参加し、振り付けや掛け声などを確認した。
参加者は吹奏楽部の演奏をバックに応援歌を練習。今回が初めての練習となった一般生徒らは、野球部員らの動作を観察し、「燃えろ燃えろ」「日学旋風巻き起こせ」などといった歌詞が書かれたパネルを確認しながら、一生懸命振り付けや歌を覚えていた。
一般生徒として練習に参加した看護科3年の春田彩乃さん(17)は「本番では、テレビなどで観戦している人も感動するくらい、全力で応援したい」と話していた。
生徒らは13日午後に同高を出発し、14日早朝に甲子園に到着する予定。
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“故郷”応援します 大西さん宮崎出身プラカード担当
【8月9日掲載】
【本社取材班】開会式で日南学園のプラカードを持ったのは兵庫県西宮市立西宮高校2年の大西靖子さん(17)だった。宮崎市生まれの大西さんは日南学園の担当に決まり、宮崎に不思議な縁を感じている。
幼稚園の時、兵庫県に引っ越したため記憶は少ない。しかし、宮崎のゆったりした雰囲気は印象に残っている、という。野球にあまり興味はなかったが、3年前にプラカード嬢を務めた姉から「思い出になる」と勧められて応募。宮崎代表の担当となり驚いた。
大役を終え「みなさん優しくて、安心してできました」とほっとした表情。前日のリハーサル終了後には、お土産にひえつき人形を中本翔太主将から手渡された。「とてもきれいでした。和室に飾りたいです」と笑顔をみせた。「兵庫代表と宮崎代表、どちらも応援します。頑張ってください」とエールを送った。
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「続けて良かった」 マネジャー2人喜び共有
【8月8日掲載】
「野球を続けていて良かった」―甲子園出場を縁の下から支え続けた2人がいる。マネジャーの迫田龍二君(18)、市原和樹君(17)は夢舞台に立った喜びをかみしめ、現地入り後も黙々とチームのために働き続けている。
迫田君は1年生の時に、中学のころから抱えていた右ひざの故障が悪化。市原君も1年生時の交通事故で、回復後右足にまひが残った。大好きな野球ができずに2人とも辞めようと考えた。しかし、コーチらの説得によって「みんなの役に立ちたい」とチームに残ることを決意した。
初めは慣れない仕事に苦労。チームが勝利することで喜びを共有し、徐々に仕事を覚えていった。普段は選手が次にやることを考え、素早く準備することを心掛ける。ナインからは「いつも感謝している。なくてはならない存在」と信頼は厚い。
本番で迫田君は記録員としてベンチ入り。「たくさんヒットのマークを書きたい」と目を輝かせる。スタンドから見守る市原君は「声が続く限り応援したい」と笑顔で語った。
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「応援でも負けない」 女子生徒18人臨時入部
【8月7日掲載】
全国高校野球選手権大会に出場する日南市の日南学園高では応援部に女子生徒18人が臨時入部、大会7日目の初戦に向けて猛練習を続けている。
宮崎大会決勝時の部員数は14人で、このうちチアリーダーは2人だけ。このため同部は同大会終了後に部員を募集していた。入部した18人はチアリーダーとなる。
部員らは連日、同校の中庭やテニスコートなどで応援歌の振り付けや得点が入った際の掛け声を確認。5日には吹奏楽部や主力メンバー以外の野球部員らと合同練習を行うなどして準備を進めている。
臨時入部した1年の坂本彩さん(15)は「宮崎大会決勝で応援部の姿を見て、座っているだけでなく積極的に応援したくなった。試合だけでなく、応援でも負けないようにしたい」と抱負。3年で団長の冨田裕之君(17)は「まだ慣れていない部員が多いので、まとめるのは大変。本番では少しでもチームの力になれるよう盛り上げたい」と話している。
部員らは一般生徒らとともに初戦前日の13日、バスで甲子園に向かう予定。
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近畿3県人会が激励
【8月6日掲載】
【本社取材班】近畿地区の3県人会は5日、日南学園ナインの激励会を大阪市のNCBホテルで行った。関西の本県関係者らが「日南学園旋風を巻き起こせ」と選手にエールを送った。
会員120人が出席。最初に選手を温かい拍手で迎えた後、川崎俊郎近畿県人会会長(72)が「日ごろの力を発揮できれば、勝利の女神は必ずほほ笑みます」とあいさつ。近畿日南の会の河野明夫会長(73)は「相手に不足はない。練習の成果を出し、強敵を打ち破って下さい」と激励した。熱い声援を受け中本翔太主将は「まずは初戦突破を目指します。応援よろしくお願いします」と力強く誓った。
激励会は毎年開いている。本県代表の試合当日には例年4、500人が甲子園球場に駆けつけ、アルプススタンドから声援を送っている。
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「気合入ってきた」 ナイン笑顔で大阪入
【8月4日掲載】
【本社取材班】4年ぶり5度目の甲子園出場となる日南学園ナインが3日、空路で大阪入りした。勝負の地に到着した選手は「気合が入ってきた」と引き締まった表情を見せた。
大阪入りしたのは小川茂仁監督(60)、選手ら35人。空港で近畿県人会(川崎俊郎会長)が横断幕を掲げ出迎え、「頑張ってください」と温かい声援を送った。小川監督は「空気がいいね。気持ちがびしっとなる。県人会の皆さんとも久々に会えてうれしい」と話した。
宮崎空港では出発式がレセプションルームであり、小川監督、中本翔太主将(17)らに学校関係者などから花束、必勝だるまが贈られた。集まった保護者らを前に小川監督は「調子は上がってきている。一生懸命頑張るので応援よろしくお願いします」、中本主将は「一生懸命恥じないプレーをしていきたい」と決意表明。大きな拍手を受けた。
4日は午前11時から甲子園球場で練習を行う。選手の宿舎は〒530―6691、大阪市北区中之島六ノ二ノ二七、HOTEL NCBTEL06(6443)2255。
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「優勝願ってます」 地元高齢者が千羽鶴
【8月3日掲載】
第89回全国高校野球選手権大会(八日開幕、甲子園)に出場する日南市・日南学園高野球部を激励するため、同市東弁分乙の同高専用グラウンド近くのデイサービスセンターやすらぎの里(福田榮助施設長)の利用者が千羽鶴を折った。選手たちが大阪へ出発する3日に手渡す予定。
施設を利用する高齢者や職員ら約80人が宮崎大会決勝翌日の7月27日から折り始めた。高齢者らは日ごろから気軽にあいさつを交わしている選手たちのため1羽1羽を丁寧に折り、1日までに完成させた。隣接の老人ホーム「やすらぎ」から同施設に通う濁川アグリさん(88)は「自分たちにとって選手は孫のようなもの。試合当日もテレビにかじりついて応援したい」と話している。
また、同部の小川茂仁監督(60)や中本翔太主将(17)、畑中翔(18)、大原成二(18)副主将ら8人が2日、県庁を訪れ東国原知事に大会出場を報告し意気込みを語った。
選手たちは3日、空路大阪入りする。組み合わせ抽選は5日。
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宮崎牛食べて勝利をつかめ JAが県農畜産物寄贈
【8月2日掲載】
第89回全国高校野球選手権大会に出場する日南市・日南学園高野球部に、JA宮崎経済連(羽田正治会長)とJAはまゆう(藏富英志組合長)が1日、宮崎牛とハマユウポーク各30キロ、県産米ヒノヒカリ100キロなどの農畜産物、1リットル入り牛乳パック100本、500ミリリットルペットボトル飲料千本を贈った。
同市の天福球場であった贈呈式で、同経済連の横山忠男副会長が中本翔太主将(17)ら選手4人に目録を手渡した。横山副会長は「安心・安全な県産の農畜産物を食べて、県の代表として頑張ってください」と激励した。
同校は、今回贈られた農畜産物を大阪宿舎での食事の材料や、練習中の水分補給に利用するという。
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「力発揮して」生徒らエール 出発前にナイン壮行
【8月1日掲載】
第89回全国高校野球選手権大会に出場する日南学園高野球部の壮行会は31日、日南市の同校体育館であった。生徒や教諭ら約500人が熱い声援を送り、選手らは全校生徒を前に甲子園本番での活躍を誓った。
県大会のベンチ入りメンバー20人が、優勝旗や盾を誇らしげに掲げ入場。藤原昭悟校長は「優勝は多くの皆さんの支援のおかげ。みんなの思いを胸に全国大会で力を発揮してほしい」と激励した。対して中本翔太主将は「甲子園では日学らしい戦いで強豪校を破り、優勝したい」と力強く宣言した。
また、同日は小川茂仁監督や選手らが同市の谷口義幸市長を表敬訪問。谷口市長は「県代表として、はつらつとプレーしてほしい。全市民を挙げて応援します」とエールを送った。
チームの主力メンバーは3日午後に宮崎空港から空路大阪入り。4日には甲子園で初練習を行う予定。
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上・「長かった」3年間 原点返り守りの野球
【8月2日掲載】
「一生懸命」―。全国高校野球選手権宮崎大会で優勝した日南学園の監督、選手から何度も聞いた言葉だ。この4文字通りのプレーを貫き、4年ぶり5度目の夏の甲子園出場。投手を中心とした「守りのチーム」は、試合を重ねるごとにたくましさが増した。最後まで自分たちの勝利を信じ続け、夏の大会を制した強さの秘密に迫った。
◇ ◇ ◇
「長かった」。決勝後、小川茂仁監督は安堵(あんど)の声を発した。このひと言に悩み、苦しんだ3年間のあったことが見え隠れする。2004年は決勝、05、06年は準々決勝敗退。毎大会優勝候補に名を連ねながら頂点を逃し続けていた。「普段通りの力を出せれば勝てると思っていた。でも勝てなかったから、自分に焦りが生まれた」。今回で春夏通算9度目の出場となった名将は3年間を振り返った。
▽ ▽
04年の夏、決勝で佐土原と対決。前年夏、その年の春と甲子園連続出場。チーム力は整っており3季連続出場へ意気揚々だった。しかし、敗戦に終わり「あの時から流れが悪い方向に行ってしまった」(小川監督)。以降、投打がかみ合わず力を発揮できないまま終わる試合も続いた。
昨秋の九州大会県予選準決勝でも“落とし穴” が待っていた。延長十回のスクイズ失敗が響き敗退。「信頼して打たせるべきだった…」とスクイズ嫌いを公言する指揮官は悔やんだ。九州大会出場の懸かった試合で見せた心の迷いが、勝機をきっちり見極めた冷静な采配(さいはい)に影を落とす。勝ち負けの瀬戸際で焦りが出てしまい勝利を逸した。
▽ ▽
もやもやを抱えたまま今年の正月に転機が訪れた。和歌山に帰郷し墓参り、母校にも立ち寄った。ふと「自分は一生懸命やっているのか」と自問自答。古里でのさまざまな思い出が脳裏によみがえり、不思議とこれまでのプレッシャーが消えていった。「過去がエネルギーになった」(小川監督)。勝つ確率が高いのは守りの野球だ―。心の底からわき上がってくる思いを胸に、自らの原点に返ることを決めた。
この3年間、力はあったものの、絶対的な柱がいなかった。守り勝つには高い投手力が不可欠だ。今チームには大きく成長を遂げた2年生左腕の有馬翔、中崎雄太と、揺るぎない核が2人もいる。指揮官の思いを実践する戦力は十分に整っていた。
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中・2人の2年生左腕 ライバル刺激し合う
【8月3日掲載】
2年生左腕の有馬翔、中崎雄太は今大会で両者とも防御率1点台と安定した力を見せた。投球スタイルに似たものがあり、互いに「あいつには負けたくない」。良きライバルと認め合う仲だ。小川茂仁監督も「刺激し合いながら成長している」と頼もしい2人に目を細める。
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速球にこだわりがある2人。今大会準々決勝で有馬が自己最速14キロをマーク。中崎も「負けない」と言わんばかりに準決勝で自己記録の144キロ。決勝は互いに142キロを出すなど競争心はかなりのものだ。「いつか150キロ台」と目標も同じ2人は、甲子園のマウンドでさらなる成長を遂げるはずだ。
中学時代、宮崎リトルシニアに所属していた有馬は、2005年にメキシコで開かれた世界選手権に出場するなど頭角を現していた。中崎は都城リトルシニアで活躍。互いの初印象は2人とも「球が速い」。何回か対戦することで負けたくないと思い始めた。同じチームになり、さらに意識は強まる。ブルペンにどちらかが入ったら、後から来た方は先に入った方が終わるまで投げ続けた。
走り込みにしても同じように闘志をむき出しにした。グラウンド周回をコーチが止めるまで続けることもあった。この気持ちが球速、スタミナアップにつながっていく。制球力抜群の3年生右腕・湯野友哉を含めた投手陣は厚みを増し、県内トップクラスの力をつけた。
有馬は、春の九州大会県予選から「1」を背負っており、背番号の重みを十分に自覚している。「(エースナンバーを)ずっと守り切ります」ときっぱり言い切る。中崎は「悔しい。練習に励み、いつかは…」とこれからも主戦の座を争い続ける覚悟だ。
▽ ▽
捕手・畑中翔は投手陣にとって心強い存在に違いない。1年生からマスクをかぶる3年生は、経験を生かした巧みなリードが光る。投手に自信を持つ球を投げさせるよう心掛け、うまくリズムに乗せる。テンポ良い投球が続けば守りやすさは増し、打線にもつながりが出るなど好循環を生み出している。
また、相手チームの要注意選手のデータをビデオなどで徹底的に分析。今大会決勝で相手主砲を封じるなど「勝負どころでうまくリードできた」と自負する。バッテリーがうまく機能し、バックが堅実な動きで支えることで「守りのチーム」は輝きを増している。
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下・力強さ健在の打線 紅白戦重ね強さ増す
【8月4日掲載】
小川茂仁監督が「守りのチーム」と言うだけあって堅守の印象が先行している。これまでの強打のイメージは隠れがちだが、宮崎大会5試合の打率0・353と力強さは健在。特に勝負どころで見せた一気に畳み掛ける攻撃は圧巻だ。冷静な試合運びの根底には、厳しい練習に裏付けされた自信と精神力を感じる。
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無死一塁から二死満塁まで、さまざまな攻撃パターンを練習で繰り返す。さらに試合形式ではボールカウントに応じた場合が加わり全288通り。選手には一層考えた打撃が求められる。宮崎大会決勝の九回、二死一塁。大松陽平が2ボールからストライクを取りに来た球を逃さずエンドランに成功。中崎雄太の決勝打を呼び込んだように、試合を重ねるごとに練習の成果を発揮していった。
また、宮崎大会中、先発メンバー全員が決めた23犠打も目を引いた。小川監督が「初めて」と言う多さ。投手力に自信があるからこそ、確実に1点を奪いに行く戦略を取れる。小川監督は「選手にはやることが分かってきている」と手応えをつかんでいる。
今春の九州大会準優勝で、選手は「守りの野球」に自信を深めていた。しかし、5月に特待生問題が起きる。例年なら20試合は練習試合を行う大事な時期に対外試合自粛。代わりに学年ごと4チームに振り分け、1日4試合の紅白戦を行った。中本翔太主将が「みんなのプライドがぶつかり合った」と言うように、判定をめぐり小競り合いが起きたこともあった。チーム内の競争意識は高まり全体の底上げに成功。実戦に近い状態で練習することによって緊張感が生まれ、窮地はプラスに変わった。この時期に培った闘争心が「最後に勝つのは自分たち」という気持ちを生み出した。
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3年生部員36人は入部以来1人として欠けることはなかった。小川監督就任15年で初の“勲章”に中本主将は「誇りです」と胸を張る。1年生の時、辞めたいと言う選手がいると、全員で説得するなど苦しい時期を乗り越えてきた。それだけに団結力は想像以上。宮崎大会に入り、3年生主力の思いは「今まで頑張ってきた仲間とともに甲子園に行こう」と一つ。上級生の固いきずなは、下級生に最高の手本となっている。
小川監督が理想とする「投攻守走」そろったチームに、今回は近い戦力が備わっている。「一生懸命やれば運が開ける」と指揮官はよく口にする。選手は言葉通りのプレーで県一の栄冠を手にした。甲子園でも全力を尽くし勝利をつかみ取りにいく。
(運動部・道久聡)
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