鹿島アントラーズキャンプ情報
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宮崎市出身U―22日本代表 増田(鹿島)伊野波(FC東京)
2007年2月25日付

 サッカーの北京五輪アジア2次予選、日本―香港の第1戦は28日、東京・国立競技場で行われる。1996年のアトランタから4大会連続の出場を目指すU―22(22歳以下)日本代表の中で、攻守のキーマンとなるのが本県出身のMF増田誓志(鹿島)とDF伊野波雅彦(FC東京)。小学生のころから切磋琢磨(せっさたくま)してきた2人が、同じブルーのユニホームを着て、アジア、そして世界の舞台へ挑む。


ライバル切磋琢磨

 昨年8月、中国・秦皇島で行われたU―21日本代表―U―21中国代表戦。反町康治監督率いる日本代表の初陣で、キャプテンマークをつけた伊野波は、気迫のこもった守備で完封勝利に貢献。増田は攻撃的MFとして勝利を決定づける2点目を挙げた。

 2人が最初に出会ったのは、宮崎市選抜チームに選ばれた小学5年生のとき。増田は木花スポーツ少年団(現ヴィラル木花SC)、伊野波は宮崎東スポーツ少年団でプレーしていた。当時のお互いの印象を「うまかった。小学生の中でずば抜けていた」(伊野波)「ボールを止める、けるという基本技術がチームで一番。それに負けず嫌いだった」(増田)と振り返る。

 物静かな2人は自然と気が合った。「なぜかは覚えていない。5年生のときにはもうすごく仲が良くて、6年生のときには一緒に遊んだり、家まで行ったり。親同士も仲良くなったので、(中学3年のときに)ブラジルへ短期留学する話も出ましたね」(増田)

 増田は学園木花台小から木花中へ進んだが、向上心の高かった伊野波は、東大宮小から県選抜チームの陶山英樹監督(現・県サッカー協会中学委員長、赤江中)のいる生目台中に進学した。中学2年の夏にはブラジルへ短期留学。そこで前日本代表監督のスーパースター、ジーコと出会う。翌年には増田を誘い再度ブラジルに渡り、ともにプロになりたいという気持ちを強くした。

 地元の鵬翔高に入学した増田は、すぐに頭角を現わし、その冬の高校選手権で途中出場ながら早くも全国の舞台に立つ。2、3年時には中心選手として全国総体2年連続8強の原動力になった。一方、「どうしても上のレベルでやりたかった」と全国制覇の実績を持つ鹿児島実高(鹿児島)を選んだ伊野波は、名門でのレギュラー争いを勝ち抜き、3年時の全国選手権で4強入りを果たす。

 「3年のとき、僕がマークにつかれて一番嫌だったのが、伊野波だった。基本がしっかりしていて、(マークが)ずれない。鵬翔の仲間も同じ意見でした」(増田)。互いに全国クラスの選手に成長していった。

 高校卒業後、増田は鹿島に入団。5月の神戸戦でクラブ史上初の初先発初得点を記録し、華々しいプロデビューを飾る。伊野波は阪南大へ。複数のクラブで入団テストを受けたが不合格。プロ入りの夢をかなえられなかった。しかし、2年時に世界ユース選手権(オランダ)に臨むU―20代表に抜てきされ、流れが変わる。

 この大会の日本は1勝もできなかった。出場機会のなかった悔しさが、伊野波に1日も早いプロ入りを決心させた。06年、大学を休学し、「アントラーズという選択肢もあったけど、(増田の)ライバルとしてやりたかった」とFC東京へ入団。ボランチやセンターバックとして活躍し、8月には増田とともにU―21代表入りを果たす。さらにオシム監督率いるフル代表にも選ばれた。

 最初の出会いから約10年。宮崎で生まれ育った2人のJリーガーの、誇りを懸けた戦いがいよいよ始まる。

指揮官の信頼厚く

 熊本で21日に行われたU―22米国代表との強化試合。結果はスコアレスドローだったが、反町監督の2人の起用法に信頼度の高さが垣間見えた。

 主将に抜てきされた伊野波は、リベロ(3バックの中央)で先発フル出場。両ストッパーと息の合った連係で米国に決定機をほとんど与えなかった。機会を見てゴール前まで駆け上がるなど攻撃にも積極的に参加。終了間際にはペナルティーエリアの外に出たGKをカバーしてゴール前でシュートをクリア。落ち着いたプレーが光った。

 増田は後半15分から出場。こう着状態の戦況を変えたい指揮官の最初の選択肢として投入された。前線から果敢にプレスを掛け、相手守備の裏へ素早く飛び出してはチャンスメークと走り回った。決定的な場面は同40分。水野晃樹(千葉)がドリブル突破からシュート。左ポストに当たったこぼれ球に増田が詰めたが、GKにクリアされた。

 攻守に存在感を示した2人。増田は「勝てる試合だった。あのチャンスは決めないといけない。明日からの練習で自信を取り戻さなくては」と語り、伊野波は「あと一週間ある。(問題点は)修正できる。コミュニケーションをしっかり取り、意識を変えないと」。反省の言葉の中に、本番への強い闘志をにじませた。

【写真】 増田 誓志(ますだ・ちかし) 1985年6月19日生。179センチ、75キロ。広い視野と、巧みなボールコントロールで攻撃のリズムをつくるMF。ミドルシュートも強力。高校3年時に全国総体と全日本ユース8強、全国選手権優秀選手。J1通算50試合4得点。(右)

【写真】 伊野波雅彦(いのは・まさひこ) 1985年8月28日生。179センチ、73キロ。右足からの正確なキックと豊富な運動量、一対一の強さが持ち味のDF。阪南大では1年時からレギュラー。2年時にはユニバーシアード・イズミル大会で日本の3連覇に貢献。J1通算28試合1得点。(左)

シュートみっちり 少年教室
2007年2月16日付
鹿島アントラーズのスタッフからシュートの指導を受ける少年たち

 ○…「鹿島アントラーズサッカースクールin宮崎」は、宮崎市の県総合運動公園であった。同市近郊の小学生11チーム92人がスタッフからこつを学んだ。

 講師は鈴木満強化部長や奥野僚右コーチら7人。同チームは鵬翔高出身の興梠慎三、増田誓志選手も所属しており、奥野コーチが「増田、興梠選手のようになろう」と激励してスタートした。

 スタッフはミニゲーム、リフティング、シュートなどを細やかに指導した。大塚サッカースクールのDF田村賢太郎君(11)=大塚小5年=は「ボールの位置を確認する目が大事と分かった」と手応えを語った。

【写真】鹿島アントラーズのスタッフからシュートの指導を受ける少年たち

19歳GK・林驚く 日本代表候補に選出
2007年2月15日付

 ○…J1鹿島の宮崎キャンプに参加している19歳のGK林は「ただ驚いた。全く考えていなかったので」と初めての日本代表候補選出にびっくりした様子だった。

 19歳以下で争った昨年のアジア・ユース選手権で日本の正GKを務め、準優勝に導いた活躍などが認められた。9日発表のU―22(22歳以下)日本代表にも選出されている林はフル代表候補の合宿に向けて「日本で一番うまい選手が集まるところなので、いいところをどんどん盗みたい」と抱負を述べた。

鵬翔コンビ笑顔で始動 増田、興梠
2007年2月7日付
増田誓志

 鹿島の鵬翔高コンビ、4年目の増田誓志と3年目の興梠慎三が、慣れ親しんだ地元のピッチで新シーズンのスタートを切った。

 増田にとって昨季は飛躍の1年だった。自己最多の23試合に出場。アウトゥオリ前監督のもと、守備的MF(ボランチ)としてチャンスをつかみレギュラーを獲得。夏には2008年の北京五輪出場を目指すU―21(21歳以下)日本代表に召集された。

 代表では「選ばれても試合には出られない」と思っていたそうだが、初戦のU―21中国戦で勝利を決定づける2点目をゲット。攻撃的MFとしてドーハ・アジア大会など計6試合に出場し、2得点2アシストの活躍で存在感を見せつけた。

興梠慎三

 「昨年もここでのスタートからアピールできたのがよかった。もう一度、開幕から試合に出られるようにここからアピールしたい。目標は全試合出場。得点やアシストなど攻撃に絡める選手になりたい」。9日に発表されるU―22日本代表への選出もほぼ確実。今季はチーム10冠目のタイトル奪取と五輪出場権獲得の二つの大きな目標へ新たな闘志を燃やす。

 興梠はリーグ終盤を中心に10試合に出場。ヤマザキ・ナビスコ・カップなどでも出場機会を増やしたが、12月に右ひざを負傷。全治6週間と診断され天皇杯や国際大会への出場を逃し、悔いが残った。

 けがも癒え、キャンプでは他のメンバーと同じメニューをこなす。「3年目ということで意気込みは昨年以上にある。コンスタントに試合に出ることで、チームのタイトル獲得に貢献したい」と力強く話した。

【写真】はつらつとした動きを見せる鹿島の増田(上)と興梠=県総合運動公園陸上競技場

鹿島キャンプイン 初日から熱気
2007年2月7日付

 Jリーグ1部(J1)鹿島の宮崎キャンプが6日、宮崎市の県総合運動公園陸上競技場で始まった。

 ブラジル人のオリヴェイラ新監督が掲げた今キャンプのテーマは、攻守の切り替えとフィジカル強化の二つ。午後の練習では1時間のフィジカルトレーニング後、5対3や5対4で戦術練習を実施。大きな声と身ぶり手ぶりで指示を送り、予定の練習時間を30分以上もオーバー。初日から熱気がこもっていた。

 指揮官は「日本選手の理解力はすばらしい。ルールを覚えるのが早く、すぐに実行できる」と選手たちの動きに満足そうだった。

 キャンプは16日の午前中まで。14日午後に九州リーグのホンダロックと練習試合を予定している。

元日本代表DF名良橋 湘南入り
2007年2月6日付

 Jリーグ2部(J2)湘南は5日、1部(J1)鹿島から元日本代表DF名良橋晃(35)を獲得したと発表した。名良橋は前身の平塚から1997年1月に鹿島へ移籍。10年ぶりの復帰で「ベルマーレのJ1昇格のために仕事をしたい」とコメントした。

 名良橋は1998年ワールドカップ(W杯)フランス大会での3試合を含め、国際Aマッチ38試合に出場。近年は鹿島で出場機会が減り、昨季はリーグ戦3試合の出場にとどまった。

過去最多15クラブ 県内で春季キャンプ
2007年1月24日付

 本県でのJリーグ春季キャンプが、23日に綾町入りした1部(J1)の川崎を皮切りに始まった。今年は過去最多の15クラブが、県内5市町でトレーニングを行い、3月3日のリーグ開幕に備える。

 都城市で初めてキャンプを行うFC東京には、本県出身の伊野波雅彦のほか平山相太、コスタリカ元代表のワンチョペ、磐田から移籍した元日本代表の福西崇史など豪華な顔触れがそろう。

 横浜Mには鵬翔高から山本郁弥が入団。鹿島には先輩でU―23(23歳以下)日本代表として北京五輪を目指す増田誓志と興梠慎三がいる。

 J1復帰を目指す福岡はプロ野球・ソフトバンクと同じ生目の杜運動公園で。ラモス監督率いる東京Vは1999年以来の宮崎キャンプになる。

 見学や練習試合などの問い合わせは各市町の観光協会などへ。